「アメリカから訴えられた」日本人の壮絶な9年間 外資系企業で働く敏腕トレーダーを襲った悲劇

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個人に対する訴追では司法取引に応じるケースも多いなか、本村さんが闘い続けられたのには理由があった。

彼とともに二人三脚でアメリカ司法省に挑んだのは、国際弁護士としての経験が豊富な入江源太弁護士だ。「本村さんにはアメリカ司法省と闘ううえで、アドバンテージがあった」と話す。

「アメリカ司法省相手に互角に闘うことができたのは、細かいニュアンスの解釈も含めて英語のレベルが相当高かったことがまず挙げられます。それとそれなりの貯金がおありになったのも好材料でした」

そして、何よりほかの訴追されたトレーダーの同僚たちも、一部は有罪評決を受けながらも、自らの潔白を粘り強く証明して評決や起訴の取り消しを勝ち取っていたというのも追い風となった。

強引なやり方にはほころびも

そもそも、このようなケースは多いのだろうか。『国際カルテル 狙われる日本企業』(同時代社)の著者でジャーナリストの有吉功一さんが説明する。

「アメリカでは個人の責任追及は特に強化されているし、司法省は裁判になっても負けをいとわない。裁判をしないなら法執行機関ではなく規制当局にすぎないとの信念から、不正の摘発に邁進する考えを強く持っていると見られる」

ただ、アメリカ司法当局の強引なやり方にはほころびも見られる。国際カルテル事件を数多く担当した経験を持つ、井上朗弁護士が説明する。

「伝統的なやり方としては、あやしい案件で証拠物提出令状を送り付けて、服役をちらつかせ、個人を脅し上げて証拠を自主的に出させる。海外にある証拠も含めて収集していく。『誰々と話をした』といった供述を作り込んでいって、協力してくれたら訴追はしないと脅す。しかし、それが最近ではうまくいっていないようだ」

井上弁護士によれば、アメリカ司法当局では国外の証拠が手に入らなくなっており、さらに自首して証拠を開示する企業も減っている。つまり、自国の法律を外国の企業や個人にも適用する「域外適用」による立件が難しくなっているという。

本村さんの場合、アメリカ司法省が強引に集めた証拠が裁判所に認められず、起訴取り消しを勝ち取ることができたのだ。

「起訴取り消し」という吉報を受け取った本村氏は、そのことを真っ先に妻に伝えた。「妻が受けたダメージも大きい。もう触れたくないというのがあって……。当事者とはそういうものですよ」。

高校2年生と中学1年生になった2人の子どもたちには、これまでの経緯や自身の置かれた状況についてはじめて説明し、こう伝えた。「人生で不合理なことや、不本意なことが起きる可能性はゼロではないことは知っておいたほうがいい。でもそうなったとき、絶望せずあきらめなければ、解決することもある」。

本村さんはどん底から見事這い上がり、雪冤(せつえん)に成功した。しかし、必ずしも十分な補償が得られるわけではない。そして何より、事件に振り回された9年という時間は永遠に戻ってこない。

一木 悠造 フリーライター

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いちき ゆうぞう / Yuzo Ichiki

ノンフィクションの現場で取材・執筆を重ねてきたフリーライター。

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