「アメリカから訴えられた」日本人の壮絶な9年間 外資系企業で働く敏腕トレーダーを襲った悲劇

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司法取引に応じた会社側は、最終的に多額の罰金を支払い、早々に事件の幕引きを図った。

「会社側に対する捜査について、できる限り協力し続けていたのに、会社側は当局との司法取引が成立して罰金が決まったら、社員である個人への補償はできないという態度を明確にしてきた」(本村さん)

アメリカ司法省は司法取引を会社側に持ちかけ、その見返りとして、本村さんが“不正に関与した可能性が高い社員である”と当局に証言した可能性があったという。そして会社側はさらなる行動に出る。

本村さんはLIBOR操作に関わったとして、会社から退職勧告を言い渡された。オランダの本店も一目置く敏腕トレーダーは、無実にもかかわらず職を失った。理不尽な現状にただただ呆然としたという。

本村さんは日本での生活に失望し、家族とシンガポールに移住した。日本から抜け出したかったという。

「日本にいるのがやっぱりちょっとしんどくて、逃げたい気持ちもあって。家族も突然異国に行かなければいけないとか、なかなか現地での生活に慣れないとか、本当にいろいろな問題があるなかで、次の仕事、収入源を探さなければいけないという焦りがあった」(本村さん)

そんな矢先、朗報が舞い込む。

シンガポールに拠点を移すものの

シンガポールでファンドを運営している日本人男性から誘われ、役員として参加することになったのだ。収入源をひとまず確保でき、心底安堵したという。

しかし、安定した日々は長くは続かなかった。アメリカ司法省がLIBOR事件に関与したとして、本村さんに「訴追請求」を出したのだ。そこからさらなる悲劇が始まった。

訴追請求を受けたことでシンガポールの会社からも退職勧奨され、またも職を失った本村さんは、家族を連れてふたたび日本に帰国する。定職のないまま、アメリカの捜査の手におびえる日々を過ごすようになった。東京近郊の実家に身を潜めるようにして暮らしていたという。

妻も精神的にまいってしまった。何より幼かった子どもたちにも心配をかけてしまい、本村さんは「心底つらかった」と言う。

2014年4月。本村さんのもとに最悪の知らせが舞い込む。担当弁護士からアメリカ司法省がLIBORの操作について、共謀と電信詐欺の疑いで本村さんを起訴したとする事実を知らされたのだ。

「銀行の内部調査にずっと協力していたので、 自分は大丈夫だと思い続けていたら、最後の最後で自分がやられてしまった。どんでん返しですね」

日本にいる本村さんは「逃亡者」と位置づけられた。日本とアメリカの間には犯罪人引き渡し条約が結ばれている。アメリカの引き渡し要請を日本側が受け入れればアメリカに移送され、裁判で有罪となり収監される可能性もあった。

「本当に理不尽としか言いようがない。悪いことが起きると、感覚がまひするようになっている。本当にしんどい目に遭った人は声を出せないという。声を出せる人はまだいい」

と本村さん。絶望的な状況下でも決してあきらめなかった。“とにかく冤罪であることを証明し訴え続けよう――”。9年にわたる長い闘いが始まり、そして起訴の取り下げを勝ち取った。

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