「アメリカから訴えられた」日本人の壮絶な9年間 外資系企業で働く敏腕トレーダーを襲った悲劇

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LIBORはドル、ポンド、円など5つの通貨の銀行間取引金利の平均値を算出したもので、国際的な金利指標だった。世界各国の住宅ローンなどの各種ローン、金融派生商品にも影響を及ぼしていた。

2007~2008年の金融危機では、各国の金利は上昇傾向にあった。そうしたなかで、LIBOR算出のために各国の銀行が提示する金利が低めに操作されていた疑いが浮上した。

LIBORの問題を取り上げた記事(写真:編集部撮影)

銀行にとって金利が低ければ、債権者への金利支払いは少なくて済む。各国の司法当局は、信用力の低下を覆い隠そうとする行為だったなどと指摘して本格捜査に乗り出した。

本件に関わったとされる投資銀行は、アメリカ司法省との「司法取引」に応じ、多額の罰金を支払った。

司法取引は、有罪を認めて事件についての情報を申告すれば罪刑が軽減されるという制度だ。司法当局からすれば捜査情報が引き出しやすいというメリットがあるが、申告者が自身の刑を軽くしようと組織や同僚を“売る”ケースが目立つ。日本でも「捜査・公判協力型」と呼ばれる司法取引制度が2018年から導入されている。

本村さんは所属する銀行の内部調査を受けた。一貫して容疑について事実無根だと主張し続けた。それには起訴取り下げの確証となった裏付けがあったからだ。

1本の通話記録が証拠に

しかし、アメリカ司法省が被疑事実として示した証拠に、本村さんは驚愕した。それは取引先の担当者との電話の通話記録だった。

内容は取引先と親睦を深めるためのサバイバルゲームに関する、たわいもないやりとりだったが、アメリカ司法省はこれを強引に解釈、被疑事実にあたる証拠だとして、本村さん個人を訴追した。

「アメリカ司法省が依拠していた証拠自体(取引先との電話通話記録)がそもそも無理筋、でっち上げともいえるもの」(本村さん)

その通話記録が以下である。

A:Motomura speaking.(モトムラです)
B:Hi boss, sorry, this is Iketani of ○○.(どうも、大将。すみません、○○証券のイケタニです)
A:Sure,sure.(はい、はい)
B:So Hedge Fund Sales is saying that he wants to go.(ヘッジファンド販売担当者も行きたいと言っています)
A:Hedge Fund Sales wants to go?(ヘッジファンド販売担当者も行きたい?)
B:Yes.(はい)
A:Um… oh,the game?(ん…ああ、ゲームですか)
B:Yes.(そうです)
A:Ahhh…sure,no problem.(ああ、了解です。問題ないです)

このやり取りは、取引先の金融機関の担当者からの電話に出た本村さんが、最初は何について話しているかわからず、途中で自身が主催するサバイバルゲーム大会のことだと気付くまでを抜き出したものである。

このくだりの後にLIBORをめぐるやり取りも出てくるが、本村さんは一般的な説明をしただけだったという。だが、アメリカ司法省の検察官には、文脈から類推して「行きたい(wants to go)」「ゲーム(the game)」といった言い回しが、不正操作と関わりのある怪しい言葉に映ったとみられるという。

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