「車優先」で相次ぎ廃止、今はなき路面電車の記憶 近年は「復権」、存続していれば観光資源にも?
今も市電の廃止が惜しまれる都市の1つが京都であろう。京都の路面電車は明治中期の1895年、私鉄の京都電気鉄道によって開業。これが日本最初の営業用電車だった。その後京都市営となり、路線を大きく延ばして1950年代後半から1960年代にかけて全盛期を迎え、路線は最大で76.8km、1日平均約56万4000人の利用があった。
だが、1960年代以降は車社会の進展による乗客の減少が始まり、順次路線廃止の道を歩んだ。「都市近代化は地下鉄建設、路面電車は時代遅れ」といった行政側などのキャンペーンもあったという。市電廃止反対を求める署名は約27万人にも達したというものの、その声は届かず1978年に全面廃止され、83年の歴史に幕を閉じた。
市電が廃止されてからの京都市内の交通事情は、ダイヤが不確かで地元民から苦情が出るほどの混雑ぶりの市バス、代替交通とはいいがたい地下鉄など周知の通りである。古都でありながら「古いモノは時代遅れ」という矛盾に満ちた発想は、日本最古の電車発祥の地を否定するものであったと筆者は思っている。
東京に次ぐ規模を誇った大阪市電
大阪市の路面電車は1903年に開業した、日本初の公営による「市電」であった。最盛期は約118kmと東京都電に次いで日本第2位の営業路線を誇った。だが高度経済成長期に入ると道路渋滞の要因になるなどとして廃止論が強まり、大阪市議会は1966年3月に市電の全廃を決定。1969年3月31日限りで全線廃止された。当時の政令指定都市で市電全廃を決定したのは大阪が最初である。
神戸にも全盛期には35.6kmの市電路線網があった。こちらもモータリゼーションの進展などで乗客が減少、大阪の後を追うように1971年に全線が廃止された。
京阪神の三都から市電は姿を消したものの、京都、大阪、神戸市電を走っていた電車の一部は廃止後に広島電鉄に譲渡されたのは嬉しいことである。
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