「黒海穀物協定」停止でプーチンが得るものはあるか 丸紅経済研究所・榎本裕洋所長代理に聞く

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――そもそも、ロシアにとって協定はどのような意味を持つものでしょうか。

実はロシアにとって、それほどインセンティブが湧く協定ではない。むしろ、この協定を揺さぶることで経済制裁緩和といった政治的目的を追求したり、経済的には(ロシアの主要輸出品でもある)穀物価格を引き上げたり、といった使い方をしている。

この協定には、ロシア以外にウクライナ、トルコ、国連が関与しているが、それぞれの利害関係をみてみよう。

トルコには一定のメリットがある。まず、ウクライナとロシアの間の仲介役としてアピールできるという政治的メリットを持つ。さらにウクライナから輸出された穀物は、まずトルコを経由する。ここでトルコは穀物に付加価値をつけて再輸出できるという経済的メリットも享受できる。例えば、日本でも売られているパスタといったような商品にして輸出できるということだ。

ウクライナも外貨収入を得るために輸出しなければならない。さらに、収穫された穀物を保管するための収容能力には限界がある。そのため、輸出をしてスペースをつくらなければならないという事情もある。

――国連のメリットは何でしょうか。

今回の協定の調整役として、存在感を改めて示すというメリットがある。
今回の協定に従って輸出される穀物は、ほとんどがウクライナ産だ。ロシアは輸出できていない。しかしこれは、「経済制裁を受けているロシア」には西側企業はうかつに手を出せないからであって、ロシアが求める経済制裁緩和が実現しても、この協定を通じたロシア産穀物輸出は増えないだろう。

一方、アメリカ農務省によれば2022~2023年度にロシアは小麦4550万トン、コーン510万トンと高水準の輸出を他の港から続けており、「経済制裁で穀物が輸出できない」というロシアの主張には矛盾がある。

 

SWIFT再接続はあるか

――ロシアは今回、協定の復帰に際して求める経済制裁緩和として、ロシアの銀行のSWIFT(国際銀行間通信協会)再接続や、パイプライン経由でのアンモニア(肥料原料)の輸出再開などに言及しています。

アンモニアの輸出については、協定のメモランダムで明記されている。これを盾にロシアは「国連は約束を守っていない」と主張するが、もともとこれは義務ではないともメモランダムに明記されている。SWIFT再接続も、前述のようにこれによって穀物輸出が増えるわけではない。ロシアは協定復帰をえさに自国の希望を通そうとしているのだろう。

――ロシアは途上国、例えば中東やアフリカ諸国の食糧不足や食糧の安全保障についてよく言及しています。

えのもと・やすひろ/大阪外国語大学外国語学部ロシア語学科卒、1995年丸紅入社。木材建材第二部、業務部を経て、2001年より丸紅経済研究所。 2015~2017年経済同友会に出向。著書に『ロシア連邦がよ~くわかる本』、『絵でみる食糧ビジネスのしくみ』(共著)、『資源をよむ』(同)、 『最新総合商社の動向とカラクリがよ~くわかる本』(同)など(写真・丸紅提供)

協定によって輸出された穀物のうち、そういった国々への輸出量はかなり少ない。また、ロシアは国内のほかの場所から十分に輸出を行っている。仮にウクライナから穀物が出なくても、またロシアに対する経済制裁が解除されなくても、中東やアフリカ諸国への穀物供給は量的にはそれほど大ごとにはならないのではないか。あくまでも懸念すべきは価格の上昇により、貧しい国や人々による穀物入手が困難になることだろう。

穀物の価格に目を移すと、FAO(国連食糧農業機関)の「穀物価格指数」(Food Price Index)をみると、2022年7月は140.6だったが、2023年6月には122.3と下落している。(上図参照)

前述したように、トルコに対する配慮から、どこかでロシアは協定に復帰するという見方は根強い。ロシアにとって現在、この協定が数少ない世界とのつながりであるという事情を考えるとなおさらだ。ただ、復帰しないとなると、穀物価格にも短期的に一定の上昇圧力が生じるだろう。ここが不安定要素といえばそうだ。

福田 恵介 東洋経済 解説部コラムニスト

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ふくだ けいすけ / Keisuke Fukuda

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。

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