ルーシー・ブラックマン事件、15年目の真実 毒牙にかかった女性は150人以上

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犯人へ近づくための重要な手掛かりは、SMという予想もしない角度からもたらされる。ある愛好家が証言したひとりの男。彼は、背が高くて胸の大きな外国人ばかりを誘拐し、専用の地下牢に連れ込み、拷問して殺すまでの一部始終をビデオカメラに収めたいと周囲に漏らしていたという。さらに関係者のひとりが人糞を口に詰められるという異様な姿で死んでいた場所の傍らに、ルーシーの尋ね人のポスターが貼られているのが見つかる。

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そしてついに、容疑者としてひとりの男が特定される。キム・ソンジュンとして日本に生まれ、小学校に上がる時には金聖鐘という名前を変え、整形手術を受けた高校時代には星山聖鐘として振る舞い、後に日本国民・織原城二へと変身した人物。

明らかになった彼の性癖は、衝撃的であった。彼が名付けた「征服プレイ」なるもの。17歳以降のすべての性生活について詳細を記録してきた彼は、当然、その一部始終もカメラで記録していた。薬物で女性を昏睡状態に至らしめ、覆面を付けた状態でさまざまな器具を使い凌辱の限りを尽くす。

彼の毒牙にかかった女性は150人以上とも言われ、外国人女性は皆ホステス風であったという。被害を受けたあとに警察に通報した女性はほとんどおらず、その理由は皆同じであった。まずビザの問題。さらに意識を失っている間、自分の身に何が起きたのか正確にはわからなかったこと、また頼りになる人物が周囲にいない異国の地という環境も拍車を掛けた。

やがて舞台は法廷へと場面を映す。ここでも検察と被告の間には頭脳戦、心理戦といったゲーム性が見られた。織原は法的能力、資金力、技術力、調査力の限りを尽くして公判に臨み、その様はすべてをコントロールしたがる映画監督のようであったという。精巧に作り上げられた虚構の狭間に、核心的な真実を織り交ぜることで、彼は検察や遺族を動揺させていく。その結果、第一審では、誰もが予想し得ない判決が下されるのだ。

本書はミステリー小説のような体裁をとりながら、事件の全貌が描かれる。形式そのものが虚実ない交ぜの事件の内容を体現しているようでもあり、興味深い。

ページをめくる度に、事件の異様さだけが明確になっていく。局面ごとにゲームが繰り広げられるものの、勝者の姿はどこにも見当たらない。事件の全貌に解はなく、複雑なものが複雑なままに提示される。この筆致の真摯さだけが、きっと読者を迷宮から救い出してくれることだろう。

内藤 順 HONZ編集長

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ないとう じゅん / Jun Naito

HONZ編集長。1975年2月4日生まれ、茨城県水戸市出身。早稲田大学理工学部数理科学科卒業。広告会社・営業職勤務。好きなジャンルは、サイエンスもの、スポーツもの、変なもの。好きな本屋は、丸善(丸の内)、東京堂書店(神田)。はまるツボは、対立する二つの概念のせめぎ合い、常識の問い直し、描かれる対象と視点に掛け算のあるもの。

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