"男尊女卑的な価値観"が「依存症を助長」の深刻度 「男らしさ」「女らしさ」が人びとを追い詰める
斉藤さんは新人時代、「スリップ(再発)した患者さんに『明日はシラフで来てくださいね、これは“男の約束”ですよ』などと諭しながら握手をしていました」と振り返る。しかしこうした人の多くは、翌日も飲んで目の前に現れた。
依存症は、アルコールや薬物などの精神作用物質の使用やギャンブル、万引き、買い物などによる快感をくり返し体験することで、脳の報酬系回路が変化してしまう精神疾患だ。本人が約束を守りたくても、意思の力や理性で行動をコントロールするのは極めて難しい。
「しかし体育会系の思考に染まっていた当時の私には、患者さんが“男の約束”を破ることが理解できなかったし、徒労感や喪失感も日に日につのっていきました」
アルコールの問題で来院する人の大半は男性で、「仕事依存」も抱えていた。彼らは依存症と診断される前、日中は精力的に働いて夜は接待に奔走し、接待のない日も深夜まで同僚と飲んでいた。そのうち昼も酒を手放せなくなり、結果的には家族や仕事、健康など大切なものを失ってしまった。
「お前もスリップか?」の言葉につきものが落ちた
斉藤さんもこの時期、ワーカホリックという点で彼らと同じだった。「できない奴と思われたくない」「限界を超えてこそ、新たな限界が見えるはずだ」などと考え、バーンアウト(燃え尽き)寸前まで働いた。
あるとき、睡眠不足や食欲低下からめまいが止まらなくなり、点滴を受けながら仕事を続けていた。すると隣で同じように点滴を受けていた男性が「お前もスリップか?」。
「そう言われて、つきものが一気に落ちた気がしました」
斉藤さんやアルコール依存症の人たちがとらわれていたのは、「職場で有能だと評価される」「仕事でライバルに勝つ」「多く稼ぐ」などに「男」としての価値を置く、男性優位な社会のあり方だ。酒だけでなく、ギャンブルや薬物、痴漢や盗撮などでストレスを晴らす人もいる。
女性も「結婚し出産する」「自己犠牲こそ女の美徳」「子どもに愛情を注ぐ」といった価値観に追い詰められ、その苦しみを紛らわせるために何らかの依存問題を抱える構造は、男性と同じだ。
結局のところ性犯罪だけでなく、依存症という病そのものが、社会から期待された「男らしさ」「女らしさ」に過剰適応し、追い詰められた結果起きるのではないか――。斉藤さんはこう考えるようになった。
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