"男尊女卑的な価値観"が「依存症を助長」の深刻度 「男らしさ」「女らしさ」が人びとを追い詰める

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けがの治療中、食べ物を噛んで吐き出す「チューイング(噛み吐き行為)」を始めた。これは食べ物のエキスだけを吸収することで脳に「食べた」と誤認させ、満腹感を得る行為で、摂食障害の1類型とされる。

最初は体重を維持して復帰に備えるためだったが、サッカーを止めてからも、食べ吐きを止められず苦しんだ。

「チューイングは、選手時代の体重を維持することで、本当の自分から目をそらすための行為でした。サッカーができなくなり、優越感を得られるものが何もなくなったつらさを異常な食行動で和らげ、かろうじて生き延びていたのです」

所持金を盗まれ、ホームレス生活に

2度目の転機は、大学4年で訪れた沖縄旅行だ。初日に現地で知り合った人と泡盛の飲み比べをして泥酔し、身ぐるみはがれてしまったのだ。

所持金もPHSも失った斉藤さんは、3日間ただベンチに座っていた。

警察に行けば親に知られる。「長男」の自分が親を失望させるわけにはいかない。事ここに至っても、「男らしくあれ」という意識に邪魔されて助けを求められなかった。

3日目にホームレスの男性から「そこで何してる」と話しかけられた。斉藤さんはサッカーでの挫折やチューイングなどの過去を、洗いざらいぶちまけた。男性はただひたすら聴いてくれたという。すると「サッカーの試合に勝ったときよりも、気持ちがすっきりしたんです」。

依存症専門家
大船榎本クリニック精神保健福祉部長の斉藤章佳さん(筆者撮影)

男性と一緒に、しばらくホームレスのコミュニティで「シケモク拾い」をしながら生活した後、1人で沖縄各地を海沿いに歩いた。知り合った人に「泊めてくれませんか」と頼み、お礼に畑仕事などを手伝う。泊めてくれた人びとにも、問われるたびに自分の過去を話した。

依存症の回復プロセスでは、自助グループの中で、仲間とともに過去の体験談を正直に分かち合うことが重視される。

「この時、私自身の過去の恥ずかしい体験談をくり返し話したことで、素直に自分の弱さを認め、さらけだせるようになりました。自助グループと同じ効果がもたらされたと思います」

本土に帰るとメンタルケアの専門職を志し、依存症や精神疾患の治療を担う現在の医療法人に就職。アルコール依存症専門のデイナイトケアに配属された。

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