NATO条約第5条に「締約国はヨーロッパまたはアメリカにおける1または2以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす」とする規定があるNATO条約と比べ、G7のこの共同宣言には法的拘束力はなく、一種の政治的宣言にすぎない。
一方で、国際社会をリードするG7がウクライナの安全保障にコミットしたことの重みは、もちろん小さくない。この意味で、ウクライナにとって「コップに半分水が注がれた状態」なのである。
終わってみれば、ゼレンスキー氏はNATO加盟が最善の安全保障としながらも「加盟するか否かの曖昧さを取り除くことができた」と歓迎してみせた。不満は残るものの、事を荒立てないという一種の外交的対応だったと言えよう。NATO側から、批判ばかりするな、との圧力があったという。
アメリカが逃げ回った理由
しかし、今回のサミット開催に至る経過を取材すると、その過程で、NATO内で共同声明を巡る議論が最後までもつれにもつれていた事実が浮かび上がった。ウクライナの軍事筋によると、どのような文書がまとまるのか。7月11日の開幕当日までわからない展開だった。
最大の要因はアメリカだった。共同声明でウクライナ加盟に対する表現を極力薄めようと動いた。「あのトルコですら、招待状を出すことに前向きだったのに、アメリカは逃げ回った」(同筋)という。ドイツも同様に動き、アメリカとドイツは招待状を出すことに「前向きさをいっさい出さなかった」という。これを知ったウクライナ政府は非常に憤慨したという。
その理由は何だったのか。それは、ロシアへの配慮である。ウクライナのNATO早期加盟に道筋を付けることで、プーチン政権を刺激して過度の軍事的エスカレーションを招く事態を回避したいとのバイデン政権の姿勢が根本にあった。
だが、実はこのバイデン政権の対ロ配慮姿勢は今回の共同声明を巡る議論で急に出てきた話ではない。伏線はもっと以前からあった。
公表されていないが2023年5月ごろから、プーチン大統領のメンツを完全につぶしてはならないとの意向がホワイトハウスから関係各国に伝えられ、同盟国やウクライナを驚かしていたのだ。
5月と言えば、ウクライナによる本格的な反転攻勢がいつ始まるのか、と注目されていた時期だ。ウクライナ国内はもちろん、西側でも反攻作戦への期待が盛り上がっていた。このタイミングでのバイデン政権の対ロ配慮姿勢は、反転攻勢の結果、軍事的にロシアを瀬戸際まで追い込むことを恐れたバイデン政権の焦りの行動だった、とみるのが自然だろう。
もともと、バイデン政権はウクライナへの軍事支援に当たっては、「ウクライナが主権と領土的一体性を守るのを助ける」と規定しており、侵攻してきたロシアに対して、ウクライナが軍事的に勝利することを目的とは掲げていない。
つまり、ウクライナが国を守ることは助けるが、かと言って、ロシアへの軍事的勝利を目指しているわけではないという曖昧さを残していた。この点では、ウクライナの「勝利」を目指して軍事支援を行うと公言するイギリスや、NATOのストルテンベルグ事務総長とは一線を画している。
ところが、最近、アメリカ政府はますます神経質に、文書などで「勝利」の表現を避けるようになってきているとウクライナの軍事筋は明かす。これは何を示しているのか。
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