5児の母は、こうしてキャリアを開拓した!

子だくさんワーキングマザーの仕事論<1>

27歳で第1子を授かった菊地さんは、会社を辞めた。出産後は、毎日さしたるストレスもなく、起きたいときに起きる幸せな専業主婦生活を送る。しかしそれが1年、2年と続くうちに「子どもは日々変化していくのに、自分は同じ毎日のくり返し。生活のためではなく、自分でも何かしたい」というモヤモヤした感情が涌き上がる。ママ友たちと、決して自分が主語にはならない会話を交わす日々の中「私って何なんだろう……」という違和感に直面していた。

社会復帰の決断は自己実現の思いからではなく、夫が巻き込まれた思わぬ事件がきっかけとなる。子どもはひとりと考えていたが、想定外の第2子を授かった。

出産後は子育てが倍に増えたことから、一部上場企業の財務部で管理職に就いていた夫が、積極的に育児にかかわろうと時短勤務を申し出た。しかし、復職後に夫は守衛室に飛ばされたのだ。パワハラだった。

「夫を助けたいから自分も家族を支えたいと、必死に求職しました。でも、今仕事に就いてないと保育園には入れない。厳しい現実に愕然としました」

そこで菊地さんは発想の転換を図る。別の角度から夫を守ろうと労働法規を始め労働関連の法律を学んで、会社に責任追求を迫ったのだ。結果、和解金を得て家族の生活は守られ、自力で危機を乗り切ることができた。この一件を“八方ふさがりな状況の中で見えたわずかな光”であると感じ、会社勤めではなく、社会労務士としての起業を決意する。

臨月に資格試験、産後3カ月目に開業

ところが、1日12時間の猛勉強を始めてから4カ月目のことだ。なんと今度は第3子の妊娠が発覚する。「人生を賭けた受験勉強のさなかで、動揺しました。試験まであと半年。迷いに迷いましたが、受験を延期しようとは思いませんでした」。

その根底にあったのは、「ここで受験して受からなければ、お腹の中の子もふくめた3人の子どもは絶対に育てられないだろう」という、崖っぷち感だ。食事を含めた体調管理に留意し、10時間睡眠を死守しながら1日8時間勉強した。それでも重いつわりには苦しめられた。特に苦手な年金関連の数字の暗記の際には、吐き気と闘いながらテキストに向かい続けたという。

臨月に試験を受け、ほどなくして9月に第3子を出産。さすがに産後1カ月は体を休めたが、自己採点で合格が判明したため、すぐに開業準備に着手。果たして11月に合格通知が届き、12月には自分でサイトを立ち上げ開業を実現した。

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