東大総長賞の4人はなぜ「突き抜けた」か? 昨年度の受賞者の素顔

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「お話をつくる人になりたい」と言うと「それはサッカと言うのよ」と母が教えてくれた(撮影/岡田晃奈)

■辻堂ゆめさん(22)――法学部卒

「バイトに部活 あえて回り道 作家の夢実現」

2歳で音読、4歳で黙読ができるようになった。本が大好きで、休みの日に「どこに行きたい?」と聞かれ「図書館」と答えて父親をがっかりさせた。お話を作るのが好きで、弟が描く絵の裏にストーリーを書いて紙芝居を作っていた。まわりの子どもが「セーラームーンになりたい」と言っていた頃に「サッカになる」と宣言した。

辻堂ゆめさんは、在学中にその夢を実現させた。春休みに一気に書き上げた作品が宝島社主催の「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞に選ばれ、『いなくなった私へ』として2月に出版された。一度死んだはずの人間が生き返り、自らの死因を探るというストーリーで、「設定の斬新さだけでA評価」などと、称賛された。「このミス」は、過去には「チーム・バチスタ」シリーズの海堂尊氏らベストセラー作家が輩出している賞で、学生による初の受賞だ。この賞が注目され、14年度「東大総長賞」を受けた。

一見シンデレラストーリーのようだが、実は辻堂さんも挫折から立ち直った経験がある。

教科書が真っ黒に

中学1年の時、父親の転勤で米国ニュージャージー州へ。英語が話せないのに現地の学校に入った。それまではよくしゃべって誰とでも友達になる子どもだったが、人見知りで静かな子になった。人の3倍勉強しないとクラスメートに追いつけない。教科書の英単語の上に辞書で調べて日本語を書いていく。わからない単語だらけで教科書が真っ黒になった。そんな努力を続けるうちに、次第に語彙が増え、いちいち調べなくても意味がとれるようになった。それでも他の子よりずっと時間がかかる。毎晩遅くまで勉強した。

「この経験は貴重でした」

と辻堂さん。がんばればできると自信がつき、変わるきっかけに。日本に戻り、高校2年に転入すると、今度は古典や数学で後れをとっていたが、追いつこうと必死に勉強した。

そんな中でも、作家になる目標は常に持ち続けた。しかし、あえて回り道をとる。

「『作家は、本当になろうと思えばいつでもなれるので、とりあえず今はほかのことに目を向けたほうがいい』と村上龍さんが書いているのを読んで、そうなのかと思った」

教育に関心があったので文部科学省に入ることを考え、東京大学法学部に進学。入学後、民間のほうが自分に向いていると志望を変えた。東大でよかったのは、総合大学の強みで多様な授業があること。教育学や心理学、認知科学など、法学部の学生があまり取らない授業もたくさん受けることができた。

授業以外にも、学生時代にいろいろな世界を見ておこうと思った。児童養護施設での学習支援のボランティア。「東大ならもっと時給のいいバイトがあるでしょ」と言われながら、保育園の保育士のサポート、子ども服の販売、ベビーシッターのアルバイトもした。合唱、バンド、ミュージカルができるサークルの代表も務めた。また、学園祭では安田講堂の前でギターを弾いた。

忙しい生活の合間にも書いている。この春からは会社勤めをしながら、二足のわらじを履き続ける。リアリティーを出すために取材もするつもりだ。回り道はまだまだ続きそうだ。

※AERA 2015年4月27日号

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