妻の認知症に気づけなかった刑事の深い後悔 家事をテキパキとこなしていた妻に起きた異変

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数カ月後、私は佐久間さんを訪ねた。

「聡美がね、怒るんですよ。どうして私を監視するの、どうして私の自由にさせてくれないのって。あんなに優しかった聡美が、俺がそばにいるとずっと怒っているんです。俺は、本当はグループホームになんて入れたくなかった。ただ笑っていてほしいだけだった。俺はもう聡美に嫌われてしまったんでしょうか」と、佐久間さんはこの数ヶ月で起きたことを話してくれた。

グループホームでの聡美さんの様子は、私の耳にも入っていた。

「佐久間さん、グループホームでの奥さんの口癖をご存知ですか?」と尋ねると、佐久間さんは首を横に振った。

「お父さんがいない、私を置いてどこに行ったんだろう? と言いながら、奥さんは佐久間さんのことをずっと探しているんです。だからね、奥さんが佐久間さんのことを嫌うなんてことはないですよ」と伝えると、佐久間さんはその場で泣き崩れてしまった。

自分を責め続けていた立場からの転換

その後、佐久間さんは、福岡県の認知症家族の会の役員になった。

妻の認知症に気づけなかった自分の不甲斐なさを責め続けたが、それでは何も変わらないということを、佐久間さんはとっくに理解していた。

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もう誰にも自分のような後悔をしてほしくない、自分の体験を無駄にはしたくない、そのような思いで、自分たち夫婦のことを講演会で話すようになった。

当事者としてとことん向き合ってきたからこそ、自分には伝える役目があるのだという自負を持った佐久間さん。自分を責め続けていた立場から、今度は同じ悩みを持つ方を励ます側へ180度変わったのだ。

聡美さんが若年性認知症を発症してしまったことは、二人にとっては確かに辛く悲しい出来事である。けれど、そのことが佐久間さんに、第二の人生を切り拓いてくれたこともまた、紛れもない事実なのである。

川畑 智 理学療法士

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かわばた さとし / Satoshi Kawabata

2002年、熊本リハビリテーション学院卒業後、国家資格「理学療法士」を取得。急性期・回復期・維持期のリハビリに携わる。病院・施設勤務の経験と、地域づくりやまちづくり、社会福祉協議会勤務の経験を活かし、水俣病発生地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年、株式会社Re学を設立。熊本県を拠点に、病院・施設における認知症予防や認知症ケアの実践に取り組むと共に、国内外における地域福祉政策携わる。

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