妻の認知症に気づけなかった刑事の深い後悔 家事をテキパキとこなしていた妻に起きた異変

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(写真:msv/PIXTA)
「認知症は自分の家族にはまだ関係ない」と感じていても、ある日突然やってくることがあります。いきなり介護をすることになって戸惑わないために、事前に備えておくことが重要です。理学療法士の川畑智さんが認知症ケアの現場で経験したエピソードをまとめた『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』より、一部抜粋してお届けします。

靴が雨に濡れたから

優しい人ほど、責任感が強い人ほど、大切な家族が認知症になったときに自分を責めてしまう。認知症になる前にもっとこう接していたら、なんであのときあんなことを言ってしまったのだろう、そんな後悔をする人がなんと多いことか。

福岡県警の捜査一課に所属する佐久間さんは、もうすぐ定年を迎えるが、未だに張り込みをする現場主義の刑事だった。同い年の妻・聡美さんは、朝から晩まで仕事に奔走し、ほとんど家にいない佐久間さんに対して、愚痴一つこぼすことなく、ずっと寄り添ってきた優しい妻である。旦那のあとを妻が二、三歩下がってついていく、そんな二人であった。

明日から12月という、寒さも忙しさも徐々に増してくる頃だった。

今夜もいつものごとく帰りが遅くなってしまったのだが、それに加えて朝からずっと降り続いた雨のせいで、革靴がびしょ濡れになってしまった。濡れると足枷のように重たくなる革靴。慎ましやかな生活をしている佐久間家に替えの靴などあるはずもない。一刻も早く乾かしたい、と佐久間さんは家路を急いだ。

インターホンを押すと、聡美さんが出迎えてくれた。

「お帰りなさい、あなた。雨の中お仕事大変だったでしょう」と、帰宅した佐久間さんに労いの言葉をかけることが、聡美さんにとっての日課になっていた。

「今日の雨は本当にまいったよ。悪いけど革靴を乾かしておいてくれないか。俺は風呂に入ってくるから」と言い残して、佐久間さんは風呂場に直行した。大雨の中、無事に帰って来ることができてホッとしているのだろう。

しかし、そんな佐久間さんとは対照的に、聡美さんはなかなかその場から動くことができなかった。

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