近代日本支えた「鉄道貨物の拠点」隅田川と南千住 レンガや織物工場で発展、今も物流で存在感

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隅田川駅
JR貨物の隅田川駅。周囲に商業施設が立ち並び、以前の工業地の雰囲気は薄らいでいる(筆者撮影)
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昨年2022年は日本の鉄道開業150年にあたり、各地で祝賀イベントが開催された。日本初の鉄道は新橋(後の汐留)駅―横浜(現・桜木町)駅間で運行を開始したが、その役割は旅客よりも貨物に主眼が置かれていた。そのため、翌年には同区間で貨物列車が運行を開始した。

しかし、新橋駅―横浜駅間という短い区間では鉄道輸送のメリットを発揮できない。横浜港で荷揚げされた物資を横浜駅で積み込んで新橋駅で荷卸しし、さらに同駅から各戸へ配達するという流れを考えると、積み卸し作業の分だけ工程が増えてしまう。そうした事情もあり、鉄道による貨物輸送が爆発的な広がりを見せることはなかった。

鉄道貨物は、現在の常磐線や東北線などを建設した私鉄、日本鉄道が開業したころから広がり始めた。なぜこの鉄道の開業が鉄道貨物を拡大させることになったのか? それは、日本の工業化を支える物流を担う役割が同社に課せられていたからだ。その中で、とくに貨物用の隅田川駅と南千住駅は重要な役割を果たした。

南千住と「レンガ」の関係

日本鉄道は上野駅をターミナルに北関東や東北地方へと路線を広げた。沿線は内陸地のために舟運による輸送が難しいエリアだったが、鉄道の登場により事情は一変。線路を敷けば、内陸地でも大量輸送が可能になった。1883年に最初の区間として上野駅―熊谷駅間が開業し、翌1884年には高崎駅まで延伸した。

高崎までの線路を優先的に建設した理由は、明治新政府が富国強兵と殖産興業を2大スローガンに掲げ、国内産業の活性化を急いでいたことと無縁ではない。政府は外貨獲得のために、生糸と茶に着目。群馬県に富岡製糸場を開設し、そこで生産された生糸は日本鉄道によって高崎から東京、そして横浜港へと迅速かつ大量に輸送された。横浜港から海外へと輸出される生糸は、外貨獲得に一定の役割を果たし、政府の財政にも寄与する。

また、同鉄道の沿線に位置する深谷はレンガ製造と深く結びつき、それは明治新政府の2大スローガンにかなっていた。

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