「政府の役割とは何か」古典派経済学に学ぶ本質 J.S.ミルの思想から考える5つの重要な問題点

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そのように述べる一方で、彼は資本主義経済における政府の役割を周到かつ慎重に論じているのです。

『経済学原理』の日本語訳は、岩波文庫で5分冊に分かれ、第5篇「政府の影響について」は5冊目がまるまる当てられているほどの分量です。それは決して、本論へのただし書きではないことがわかります。

政府の役割に関するミルの議論については、筆者の別の本で多少詳しく述べているので、ここではできるだけ重複を避けて、論点を絞って述べようと思います。

とにかく彼は非常に丁寧にこの問題を論じており、そこでの議論は今日でもその重要性が色褪せることがありません。彼は次のような順番で政府の役割を論じています。

① 政府の必然的な機能:それが政府の役割であることに、ほぼコンセンサスのある機能。
② 政府による誤った干渉:どのような場合においても、政府がするべきでない機能。
③ 政府の機能に関する反対論:政府の役割を、①以上に拡大しようとするときに生じ得る問題。
④ 政府の随意的機能:反論はあり得るけれども、政府が①を超えて行うべきであると考えられる機能。

①と②については、基本的にアダム・スミスの議論をそのまま継承していると言っていいと思います。面白いのは③と④なのですが、ここでは③を中心にご紹介しようと思います。

「大きな政府」の問題点

第二次大戦後の経済体制への一種の反動として登場する新自由主義の「小さな政府」という議論は、新しいものはほとんどなく、すでにJ.S.ミルによって論じられていることの“装い”を変えたものにすぎないと思われるのです。

それはともかく、「大きな政府」に対して、人びとが懸念する問題とは何でしょうか?

先の③「政府の機能に関する反対論」のうち、ミルの論点を整理すると次のようになります。

③−1 政府の干渉がもつ強制的性格が人々の自由を奪う。
③−2 政府の干渉を認めると、その権力の増大に歯止めがかからなくなる。
③−3 政府の業務がますます増大し、適切な仕事ができなくなる。
③−4 政府の仕事は、民間のそれに比べて効率性が劣る。
③−5 政府に頼るようになり、人びとから公共心や能動性が失われる。
次ページそれぞれを具体的に考察する
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