「チヤホヤされたけど虚しい」港区女子の選んだ道 現役慶應生がルッキズムに抗い、手にしたもの

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奥沢の駅のあたりでタクシーを降りて、コンビニでルイボスティーを買って、キリギリスはそれを飲みながら家に帰ります。背の低い街の上の広い空は既に薄明るくて、その深く透き通るような青色は、彼女を静かに責めているようでした。彼女はふと立ち止まって、これからどうしよう、と小さくつぶやきました。

嫌な時代だと思いました。世間は早々に港区で遊ぶ私たちを見て、後ろ指さして笑います。じゃあ他にどうすれば? 聡明な女性の先輩は、みんな社会で摩耗していました。接待に担ぎ出されて「こいつ顔担当なんでw」と言われたという先輩は、その場では笑っても心の中では泣いていたのだと思いました。

港区を見事に乗りこなし、踏み台にした

視野が狭かったのだと、キリギリスはあの頃を苦笑いとともに振り返ります。世界はトラディショナルな日系企業だけではないと、彼女は幸いにも3年の夏のインターンで気付くことができました。頑張ってTOEICの点数を上げて、社会人の先輩に面接練習を手伝ってもらって、彼女は無事P&Gの内定を勝ち取りました。

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つまり彼女は、港区を見事に乗りこなしたというか、踏み台にしたのです。周りから何を言われても、持てるものはすべて使う。でも自分は安売りしない。港区女子が全員不幸にならなければならない道理はないのです。みな悪意をはらんだ時代の空気の中を、酸欠で倒れそうになりながら、必死で生きたのです。

2022年。麻布十番のおでん屋さんで「異業種交流会」という名の飲み会が開かれ、未婚だか既婚だか怪しいおじさんたちの向こうには、偶然にも居合わせたアリとキリギリスが座っていました。その退屈な飲み会を一次会で抜けて、近くのワインバーでふたりは久々の再会を祝い、近況を報告しました。

アリは在学中に公認会計士試験に合格、今もEYで忙しく働いていました。キリギリスはP&Gを卒業後、女性のキャリア支援を手掛けるベンチャーでCMOをやっていました。「CFO探してるんだけど来ない?」ふたりはテタンジェを景気よく飲みながら、いつまでも楽しく語り合いましたとさ。めでたしめでたし。

麻布競馬場
あさぶけいばじょう / Asabukeibajo

1991年生まれ。慶應義塾大学卒業。2022年、Twitterに投稿したショートストーリーをまとめた『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』で小説家デビュー。TwitterID:@63cities

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