今後もアメリカの「預金全額保護政策」は続くのか 銀行の貸し出し資産劣化などの懸念はないのか

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問題は、今後も破綻した銀行預金の全額保護が実現するかどうかである。

先述のイエレン財務長官の発言「全面的な預金保険の提供は検討しない」は、為替安定化基金などを使い預金保護を行う対応に関して、議会の公聴会で聞かれたときのものだ。

この発言は、「金融システムのための例外措置」で破綻銀行の預金保護を続けるというこれまでの姿勢とは、矛盾していないと言えるだろう。

というのも、預金保険制度を拡充、改正する権限は主に議会にある。一方で、例外措置としての預金の全額保護は財務省・FDIC(預金保険公社)など当局の判断によって可能である。今のような銀行株の下落が顕著な混乱期においては、預金取り付けを防ぐ預金保護政策は続く見込みだ。

破綻銀行に限定された預金全額保護措置によって、本当に中小銀行の預金流出が鎮静化するかどうかは判断が分かれる。だが、当該政策への信認が高まれば、金融システムの揺らぎは徐々に小さくなるだろう。

今起きている銀行問題は「戦後最大の金融危機だった2008年時とは異なる部分が多い」との認識は広がりつつある。実際に、預金保護の徹底による中小銀行の預金流出への対応策は、2008~09年時の大手銀行を救済する処方箋よりも政治的なハードルは低いとみられる。

すでに3月27日には破綻したSVBの事業の一部が、他の地銀によって買収されると発表されたので、中小銀行システムの動揺は徐々に改善に向かうのではないか。

金融危機への懸念が収まれば逆にハイテク株の調整も

今回の銀行問題は、アメリカの中小銀行の預金シフトがきっかけとなったが、銀行破綻や金融危機は、通常、銀行が信用創造を膨らませた結果、拡大した資産が不良債権化することによって起きる。SVBでは急激に増えた預金を、安全資産である債券に投資したことで、自己資本棄損に至ったことが一つの特徴だ。

そして、アメリカの銀行ではコロナ後に預金増加が急増したが、預金急増に比べて貸し出しの増加率はかなり緩やかだった。

もちろん、不動産価格下落で中小銀行の貸し出し資産の劣化が進めば、典型的な金融危機に発展するシナリオも考えられる。今、債券市場でみられている早期利下げ転換への期待の高まりは、金融危機懸念が長引き経済失速が早期に訪れるシナリオが、かなり意識されているとみられる。実際には、銀行資産の劣化度合いは、成長率悪化や不動産価格の下落ペースに依存するので、銀行問題の帰趨についてはさまざまなシナリオが想定できる。

もし筆者の想定どおり、銀行危機の連鎖を防ぐ預金保護政策が徹底されれば、銀行システムの動揺がこれ以上深刻化せずに、今後の経済活動の落ち込みが限定的にとどまる可能性は十分ありえる、と現時点では考える。

アメリカ株市場をみると、SVBの救済策が発表されて以降、S&P500種指数などの主要株式指数は、今のところ大幅な下落を免れている。これは主に、金利低下をうけての大型ハイテク株の反発が、株価全体を押し上げているところが大きい。

逆に、今後、金融危機への懸念が和らげば、大きく反転したハイテク株は逆に短期的に調整する可能性があるかもしれない。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません。当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

村上 尚己 エコノミスト

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むらかみ なおき / Naoki Murakami

アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、外資証券、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。

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