日本でインターネットをやるのは今でも大変 鈴木幸一×松本大「神田錦町時代」を語る
鈴木:僕はね、大ちゃんがマネックスを辞めて、次のことをやると思っていたわけ。でも、会社が大きくなって面白くなっちゃったよね、仕事が。
松本:というか、やることが多くて。名刺の裏面を見てください。グローバルにやっているんですよ。
鈴木:なるほど、グローバルにやっているね。
松本:グループ全体でみると世界に12カ所オフィスがあって。アメリカのほうが従業員、多いんですよ。7割ぐらいアメリカなんです。アメリカは社員の半分ぐらいエンジニアで、コスタリカにもエンジニアがいます。
そこで進めようとしているのが、グローバルな世界のマーケット情報がローカル語で取れて、かつその世界のマーケットの、どんな国の株でも、債券でも、投信で も売買できる、プラットホーム作りです。これがいったんできると、日本だけでビジネスをやる必要ないわけですよ。だって世界の金融商品が、リアルタイムで 売買できるように世界にアクセスしているので。そしたら、世界にそのシステムを売れるので。
鈴木:なかなか難しいよね、でもね。
松本:もちろん大変ですよ。
レギュレーションが変わらない日本
──インターネットインフラの話としては、2000年前後ぐらいには日米を結ぶグローバル・クロッシングの話も含めて、もう少し日本でもスポットライトが当たっていた記憶がありますが。
鈴木:当時もそうではないでしょう。やっていたのは、うちくらいのものです。アメリカにとっては、もともとインターネットはグローバルそのものだし、トラフィックが爆発する。そのためにインフラも変わるというのは、ごく当たり前なわけです。いずれ通信も放送も一緒になるに決まっている。でも日本はレギュレーションが変わらない。テレビ局もおかしなことをしている。
松本:変わってない。
鈴木:本当の根っこを変えようとしていない国でインターネットをやると、大ちゃんが言ったように、アプリケーション・レイヤーのビジネスしかない。それはそれで立派なんだけど。
──ただ、そのビジネスも、日本からは世界で1位っていうものはない。
松本:それはもう小さいですよ。街の蕎麦屋とか寿司屋みたいなもんですよ。これ、おいしいものをつくりましたので、ここにお客さん、来てくださいみたいな感じ。せいぜいチェーン店ですね。
(撮影:梅谷秀司)
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