「認知症で親の財産凍結」子の"相続地獄"避ける策 「介護費用」「空き家となった実家」はどうなる?

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私が、NHK文化センターで、相続講座を担当して10年余りが経ちました。その間、受講者からの質問は、死の前後3年にまつわることが中心で、以下のものでした。

①生前贈与…(贈与税の110万円非課税贈与)
②相続税の節税…(自宅の8割引き特例・生命保険の掛け方・養子)
③もめない遺産分割…(遺言書・遺留分・「二次相続」の対策)
 ※「二次相続」とは、例えば父の相続後の母の相続のこと

しかし、私はいつも講座の冒頭で言います。「それでは遅いのです!」、「最も大切なのは実際の相続前10年前後に起きる認知症への対策です!」。

なぜなら、認知症になると財産は凍結されて、親の預金は引き出せず、空き家となった実家も売れなくなるため、①~③の対策のすべてができなくなります。これは「介護」と「相続」を分けて考えてしまったことで起きる不幸なのです。

世の中では、「介護」は身体的ケアが中心に語られ、「相続」は遺産分割が中心に語られるという分断が生じています。「高齢社会白書」では相続は語られません。

介護と相続は、財産的には一気通貫の連続です。そして、その入り口である介護になる原因の第1位が認知症なのです。ですから、認知症になって困る財産(実家と預金の一部分だけ)を“部分的に事前相続”したかのように避難させておくのです。

そのついでに財産の明細を徐々に明らかにしておくのが「シンプル相続」の極意です。避難してあるので、子どもが親の面倒を看るという目的のもとで自由に使え、処分もできるのです。

これは極めて合理的な段取りで、今後の常識になります。また、この対策が2024年からの贈与税の大改正の対策にもなります。なぜなら、この年から生前贈与した財産が相続財産に加算される期間が3年から順次7年に延ばされるので、早期に贈与を始める機運が高まっています。

「相続税対策」と「認知症対策」の“一挙両得”

一方、厚労省のデータによると、亡くなる8年ほど前から認知症のリスクが高まります。

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そこで、認知症になる前に対策を始めることで「相続税対策」と「認知症対策」の一挙両得を目指すという、これまでにない提案をして「日本一シンプルな相続」を目指します。

その第1は、認知症になる前に、「家族信託」という契約をすることです。この考えは、2008年に家族信託が解禁されて、やっと2021年8月12日の日経新聞の一面に「国が推進すべき」との意見としても載りました。「信託」といっても、信託銀行の商品とはまったく違います。

親が信頼する子に「信じて託する」という契約を認知症になる前に結んでおくのです。いわば、生前に行う「事前相続」のようなものです。これがあまり知られていません。

第2として、従来行われている遺言などの対策を順次行うのです。

こうして、事前にトラブルの原因を潰しておくのです。そうすれば、認知症になった以後の相続のときも、資金不足にならず、仲良し家族が仲良しのままスムーズに“手続き”が進むのです。

牧口 晴一 税理士・行政書士

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まきぐち せいいち / Seiichi Makiguchi

1953年生まれ。税理士・行政書士・法務大臣認証事業承継ADR調停補佐人。慶應義塾大学法学部卒、名古屋大学大学院 法学研究科(会社法)修了。税理士試験5科目合格。1986年開業。2015年『税務弘報』9月号で「トップランナースペシャリスト9」に選出。「相続博士・事業承継博士」として活動する。また、NHK文化センターで相続・会計・事業承継の講座を10年余り担当している。主な著書に『非公開株式譲渡の法務・税務(第7版)』『事業承継に活かす納税猶予・免除の実務(第3版)』『組織再編・資本等取引をめぐる税務の基礎(第4版)』(以上、中央経済社)、『図解&イラスト 中小企業の事業承継(第14版)』(清文社)等多数。

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