ジョブズがiPhoneで「世界シェア1%」掲げたワケ 元アップル広報が学んだ「メディアの操り方」
私は以前の職場で「携帯電話」の広報を担当していたのですが、その会社が携帯電話市場に新規参入するというプレゼンを当時のCEO(最高経営責任者)が行いました。その場で彼は、発売初年度「世界シェア1%」という目標を掲げました。まあ「フーン、なるほどね」くらいの印象ですよね。
実は発表された商品は「iPhone」で、その企業はアメリカアップル、CEOはスティーブ・ジョブズ氏でした。「1%」とは現在の人気からは考えられないほど控えめな目標ですが、むしろ低い期待値からスタートしたからこそ、その後の勢いに周囲が驚いた部分はあると思います。上場企業として、投資家の判断材料ともなる製品発表で過度に盛るのは不誠実とも言えますから、この時のアップル、そしてジョブズ氏の判断は妥当だったと思います。
現場を活用して「成功している姿」を見てもらえ
もう一つ、期待値に対するアップル時代の記憶として印象に残っているのが、直営店のApple Storeに関するアップル本社の広報とのやり取りです。
「新規開店したばかりのストアに取材を誘致して、少しでもお店の集客に貢献したい」――。
そう提案したところ、「取材を入れるのは、もっと人が来る週末になってからにしてほしい」との答えが返ってきました。てっきり褒められると思っていたのに、駄目と言われて意外でしたが、その続きを聞いて納得しました。
「取材っていうのは、成功している姿を見てもらうものなんだよ」
報道である以上、ファクトが重要です。斬新なアイデア、洗練された店内は確かに期待を持たせるには十分ですが、だからといって開店ホヤホヤのメーカーの直営店について「この店舗はすごい」という記事は、書きたくても書くだけの要素が足りません。
しかし、開店後しばらくたった週末に買い物客でごった返す店内を案内すれば、ファクトとして「この店は客であふれている」わけです。記者もそこまで見れば、その理由はこうこうで、今までの販売店とは違うから成功しているのである、といった記事が書けます。
本題からずれますが、記者にとってファクトというとまず数字が思い浮かびますが、こうした現場の状況も非常に強い根拠となります。店舗や工場のような現場のある企業は、広報のカードとしてうまく使うと非常に効果があると思います。
実際、当時のアップル広報では、新任の担当記者が最初にあいさつを兼ねて会社概要のレクチャーを受けたいというとき、上司のT林部長は「鈴木さん、ぜひApple Storeにお連れしましょうよ」とのアドバイスを必ずくれました。本社の会議室で見せられるプレゼンよりも、店舗内で自分の目の前を行き来するリアルな消費者という「現物」を見ることで、「この会社は勢いがあるな……」と感じてもらえるわけです。
Apple Storeが成功したからかもしれませんが、その後メーカーの直営店、あるいはブランドのコラボカフェのような取り組みが現れては消えています。しかし、どれも「開店しました!」という広報はするものの、「にぎわっています」といったところまで広報が十分にフォローできていないように思えます。
どんな狙いで直営店を運営しているかは会社によって異なるので、あまり断定的なことは言えませんが、運営が順調ならブランドの信用度を高める絶好の機会です。広報のタイミングをどこに持っていくのか、そのために最初の期待値をどれくらいに設定するのかは、よく考えて計画したほうがいいでしょう。
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