元宝塚トップ「望海風斗」下積み時代の葛藤と転機 全員エリートの中でたどり着いたトップへの道
宝塚歌劇団は5組あり、それぞれ70人前後の生徒が所属している。毎年40〜50人の生徒が必ず入団し、ほぼ同数の生徒が辞めていく厳しい世界だ。その中で目に留まるためには、毎回の舞台に加え稽古場や私生活からストイックな姿勢で芸事に邁進することが求められる。つねに「評価」にさらされる緊張感の中でも望海さんが大切にしていたことがある。
「何があっても、幕が上がったら絶対に舞台は楽しむ、ということです。これは下級生の頃からトップになった後、今でも自分の芯に持っていること。こちらがつまらないと思ってしまったら、絶対につまらないものになってしまう。それだけはいつも心がけていました」
待っているだけではトップになれない
入団6年目の冬、2009年の「太王四神記」で望海さんはようやく新人公演初主演に選ばれた。圧倒的な歌唱力で高評価を手にし、続く大劇場作品の「外伝 ベルサイユのばら −アンドレ編−」でも2度目の新人公演主演に抜擢。徐々に大きな役がつくようになり、さらに小劇場のバウホール公演「Victorian Jazz(ヴィクトリアン ジャズ)」で初主演。切り拓いた道の先に本気で頂点を目指すのか、それとも――。分かれ道となったのが、2014年に訪れた宝塚歌劇団の100周年だった。
「当時花組のトップだった蘭寿とむさんは、下級生の時からお世話になって背中をずっと追いかけてきた方でした。その蘭寿さんがこの年卒業することになり、私も立ち止まって考えたんです。いつまでも蘭寿さんの後ろで『頑張ります!』と言っている自分のままではいけないんだ、って。自分は本当にトップになりたいのか。なりたいならば、ただ待っているだけでなれる状況ではなかったので、覚悟を決めて進まなければいけない。
ちょうどその頃、100周年の記念式典などで、元トップのOGさんが舞台に立たれているのを見る機会があって、その姿に宝塚は自分がずっと憧れてきた場所なんだ、と再確認したんです。悩んでいる場合じゃない。大好きな場所だからこそ、結果はどうあれ、ちゃんと挑戦しよう、という気持ちになりました」
覚悟を決めたタイミングで転機が訪れる。2014年秋に花組から雪組への「組替え」が決まった。一般の会社でいえば人事異動にあたるが、宝塚では年に数人、さまざまな意図で行われるためファンに驚きをもって迎えられるニュースのひとつだ。
「(組替えの通達は)本当に急に、でした。最初は、その組替えの意味が何なのか、本当にわからなかったんです。この先どうしたらいいか……という気持ちが強かったので、一瞬揺らぎましたが、周りの方達が皆『必ずいいきっかけになる。チャンスだから胸を張って組替えしなさい』と言ってくれたことで背中を押してもらいました」
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