蒙古襲来予言「日蓮の文書」で批判された著名高僧 「立正安国論」の中で非難、いったいなぜなのか

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その旅人の嘆きと問いに応えるのが「主人」でした。主人は、旅人の言葉を聞いて「納得のいくまで語り合おう」と言うのです。

主人は言います。「今、神仏の力もその効験はない。世の中は皆、正法に背き、人は悉く悪に帰している。よって、善い神は国を捨て去り、聖人もこの国を見捨てて帰らぬ。魔や鬼が来て、災い起こる状態になっているのだ」と。

ここに記されている考え方は「善神捨国論」と呼ばれるものです。つまり、人々が神仏への畏敬の念を失い、悪念を抱いている。よって、善神が去り、悪鬼が猛威を振るっているというのです。が、それに対し、旅人は色をなして反論します。

「古来より、大陸でも我が国でも、寺塔を構え、仏像を崇め、お経を尊んできた。誰が仏の教えを見下し、仏法僧の三宝を廃したというのか。その証拠はあるのか」と怒るのです。主人は諭すように言います。「貴殿の言う通り、確かに、寺やお経や僧侶の数は多い。三宝も昔から尊ばれてきた。ただし、法師は人にへつらい、邪悪であり、人の道を惑わしている。国王・臣下も不覚であり、正しいもの、邪なものを見分けることができない」と。

つまり、悪しき僧侶の態度を戒め、為政者の姿勢をも正さなければ、世の中はよくならないというのです。しかし、それでも旅人は納得しません。

「世間の人々は、僧侶に帰依しているではないか。名君は、民衆をしっかり教化しているではないか。世の高僧を誹謗するとはけしからん。悪僧とは一体、誰のことなのか」と詰め寄るのでした。

主人は「後鳥羽上皇の時代に法然という僧侶がおり『選択集』というものを書いた。これが、仏一代の教えを破り、民衆を惑わせたのだ」と反論。

浄土宗の開祖、法然

法然は、鎌倉時代初期の僧侶で、浄土宗の開祖として有名です。『選択本願念仏集』を書き、念仏の重要性を説き、念仏を唱えれば、死後は平等に往生できると主張したのです。鎌倉時代に法然の教えは流行したのですが、主人はこれこそが問題だと言うのでした。

それは「阿弥陀堂でなければ、人々は礼拝供養することを止め、念仏の行者でなければ、布施する思いを忘れるに至った。よって、仏堂・僧房も荒廃した。しかも、人々はそれを再興しようともしない。だから、善神は去った。このようなことになったのも、法然のせいだ。法然の『選択集』を禁じることこそ肝要」という理屈でした。その理屈に旅人はまたもや色をなして、反論します。

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