NATOとEUトップがプーチンに強く対抗する理由 両組織のトップが中欧諸国とつくり出す新安保秩序

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つまりウクライナ戦争が単なる一過性の2国間の武力紛争ではなく、住民虐殺まで厭わない侵略国の論理と、自国の存在を守ろうと抵抗する被侵略国の論理がぶつかっているとの歴史的認識を表明したものだ。

EU「侵略の罪」を裁く特別法廷案

同委員長は2022年11月30日、ウクライナに侵攻したロシアの「侵略の罪」を裁くための「特別法廷」の設置を提案した。提案の背景にはこの認識があるのは間違いないだろう。「特別法廷」案は、すでに捜査を始めている国際刑事裁判所(ICC)とは別の構想だ。委員長はICCを支持しつつも「国連の支援を受けロシアの侵略の罪を捜査、訴追する特別法廷の設置を提案する」と述べた。

提案は事実上、侵略を行ったプーチン氏ら政権トップの責任を裁くことを標的にしたものとみられる。しかし、実際には国連総会での十分な数の支持獲得など容易ではない問題も抱え、アメリカがこの提案を支持するか明確な見通しも立っていない。

こうした中での今回の提案は、欧州メディアでは「爆弾提案」とも称された。米欧内部で対ロシア関係をめぐって妥協的な声が出るたびに反対してきた「委員長らしい行動」と外交筋は評価している。

「特別法廷」設置案に加えてフォンデアライエン委員長は、ウクライナへの支援の財源として、制裁で凍結されたロシアの資産をウクライナの支援に活用する案も示した。侵攻によるウクライナの損害は6000億ユーロ(約86兆円)と推定されると指摘。ロシアだけでなくオリガルヒ(新興財閥)もウクライナに損害を賠償し、国家再建の費用を負担させる考えを示した。

この構想の裏には、ウクライナ支援という目的以外に別の狙いが隠されていると筆者はみる。つまり、巨額の費用負担を嫌うであろうオリガルヒに対し、暗にプーチン政権排除を促す意図があるとみる。

ストルテンベルグ氏とフォンデアライエン欧州委員長は、侵攻を受けてロシアに非常に厳しい対応をし、ウクライナを熱心に支援している旧ソ連のバルト3国と旧ワルシャワ条約機構加盟国のポーランドとの間で事実上のタッグを組む関係にある。西側の代表的軍事・経済機構の両トップと、一部中東欧諸国との連携関係は、冷戦終結後の欧州では極めて異例の構図である。ウクライナ情勢の今後の展開とも絡み、21世紀の欧州安保体制再構築にも影響を与えそうだ。

吉田 成之 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長

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よしだ しげゆき / Shigeyuki Yoshida

1953年、東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒。1986年から1年間、サンクトペテルブルク大学に留学。1988~92年まで共同通信モスクワ支局。その後ワシントン支局を経て、1998年から2002年までモスクワ支局長。外信部長、共同通信常務理事などを経て現職。最初のモスクワ勤務でソ連崩壊に立ち会う。ワシントンでは米朝の核交渉を取材。2回目のモスクワではプーチン大統領誕生を取材。この間、「ソ連が計画経済制度を停止」「戦略核削減交渉(START)で米ソが基本合意」「ソ連が大統領制導入へ」「米が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの脱退方針をロシアに表明」などの国際的スクープを書いた。

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