有馬温泉を復活させた「和室+ベッド」誕生の軌跡 法律の壁に阻まれ、1990年代にようやく始動

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ルールを厳格化することで公序良俗を守る。反面、ややもすれば、重箱の隅をつつくような条件が洋室には洋室に、和室には和室に存在していたということになる。ところが、金井さんは、この決まり事を逆手に取る。和室に布団を敷くために、押入れを備える必要があるということは、裏を返せば、ベッドに変えれば、押入れはいらない――ということだ。

「押入れは大体1畳ほどのスペースがあるため、うまく活用すれば、トイレや洗面所に変えることができると考えた。今は、各部屋にトイレが備わっていることは当たり前ですが、『萱の坊』は戦後に造られた古い宿だったので共同トイレでした。客室にトイレが付くのが当たり前の時代になっていたので、廃業の原因の一つでした。先述したように個人客が増えてくると、部屋にトイレが必要。和室にベッドというアイデアは、そのまま旅館の各部屋にトイレが常設されるアイデアでもあった」

(写真提供:ホテル花小宿)

リノベーションするにあたり、和室に単にベッドを置くだけでは、違和感が生まれる。そこで金井さんは、色調を統一させるためベッドカバーとカーテンを特注するなど細部にまでこだわり、ベッドのある和室を作り上げた。2000年4月1日、有馬で一番小さな宿「ホテル花小宿」はオープンした。日本で初めて、コンセプトを持つ「和室+ベッド」タイプの客室を擁する宿だった。

「ベッドで寝る旅館なので、ホテルというネーミングを付けました。ところが、『ホテル花小宿』は9室しかない。当時の旅館業法は10室以上なければホテルにはならない。そのため『ホテル花小宿』の業態は旅館扱いなのですが、名前にホテルを入れるのは自由だった(笑)。この点は、旅館業法に定められていないんです」

和室にベッドを設置する、客室にトイレがある、食事は部屋ではなく併設された食事処で食べる――。こうした真新しい要因が重なり、「ホテル花小宿」は異例のヒットを記録する。

「寝具の代わりにベッドを置くといった宿は、それ以前にも存在していたと思います。しかし、時代の流れに呼応するべく、複合的な理由から全室、和室にベッドを設置するという仕掛けやコンセプトは、『ホテル花小宿』が作り上げたという自負があります」

実際、このスタイルを模倣する宿は急増し、我々は今では当たり前のように「和室+ベッド」タイプの客室に宿泊するようになった。

有馬温泉の観光客数も回復へ

有馬温泉は、「ホテル花小宿」のイノベーションが口火を切る形で2001年には新たな外湯「銀の湯」がオープン。翌2002年には、有馬温泉会館をリニューアルした「金の湯」がオープンし、その年の観光入込客数は131万人までV字回復した。

「家族連れに強い『元湯龍泉閣』さんや、カップルから支持を集める内風呂が豊富な『竹取亭円山』さんなど、有馬温泉には個性的な宿が多い。阪神淡路大震災を機に、生まれ変わらなければいけないという気持ちが、新しいことをしていかなければいけないという革新性につながっていると思います」

1300年以上の歴史を誇る有馬温泉。伝統にしがみつかないからこそ、令和の今も賑わいが絶えない。

我妻 弘崇 フリーライター

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あづま ひろたか / Hirotaka Aduma

1980年北海道帯広市生まれ。東京都目黒区で育つ。日本大学文理学部国文学科在学中に、東京NSC5期生として芸人活動を開始する。2年間の芸人活動ののち大学を中退し、いくつかの編集プロダクションを経てフリーライターとなる。現在は、雑誌・WEB媒体等で幅広い執筆活動を展開している。著書に『お金のミライは僕たちが決める』『週末バックパッカー ビジネス力を鍛える弾丸海外旅行のすすめ』(ともに星海社)など。

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