アラブ世界を動かす権力と富をめぐる争い
アラブ世界はこうした多元的構造を持つ。民衆対独裁者、スンニ派対シーア派、世俗派対イスラム復興派など、マスメディアで解説される「わかりやすい」図式だけでは説明しきれない、複雑な構造がある。アラブ世界への理解を深めるために二つの概念フレームワークを追加したい。
外務省で長年アラブ専門家(アラビスト)として活躍した石井祐一前スーダン大使は、「アラブ世界の政治体制は王制、共和制を問わず、独裁と民主のハイブリッド体制。その割合が国によって違うだけだ」と指摘する。ハイブリッド車には、エンジンとモーターという二つの推進力がある。そのときの状況に応じて、エンジンが牽引したり、モーターが牽引したりする。
この場合、「独裁」をエンジンに、「民主」をモーターに例えることもできそうだ。石井氏が使う「民主」とは、「国民が政治に参加する」という意味である。王制か、共和制かという体制は問わない。
石井氏はアラブ世界における民衆の意識構成を、「世俗派(西欧派)30%、イスラム復興派30%、ノンポリ60%」と想定する。そのうえで、エジプトのサダト元大統領時代に民主化が一部取り入れられた経験から、「一度民主化を採用すると後戻りできなくなる」と今後のアラブ世界の動向を予測する。
衛星テレビ、インターネット、携帯電話などの情報通信インフラや検索エンジン、ツイッターやフェイスブックという新しい通信サービスが独裁者の情報統制を弱めて、民衆の連帯を促進している。
もう一つの概念フレームワークがある。イラクなど中東情勢に詳しい大野元裕参議院議員が強調する「富と権力の配分をめぐる争い」である。アラブ世界の貧富の差は、日本人の想像を絶するものがある。
国民の40%が世界銀行の規定する貧困ライン(購買力平価換算で1日1ドル)以下で生活するエジプトで、ムバラク前大統領には700億ドルもの資産があったという。遊牧民であるベドウィンの質素なテント生活にあこがれ、「身辺がきれい」と評価されたリビアのカダフィ大佐も300億ユーロの資産を持っていると報道された。