さらに視野を広げれば、工業からサービス産業への移行はなぜ起きたのか。また、キャッチアップ経済からイノベーション経済への移行はなぜ起きたのか。
新古典派モデルでは答えられない問い
新古典派モデルはこれらの質問にうまく答えることができなかった。とくに、時間の経過とともに成長が加速することの説明ができない。
むしろ新古典派モデルでは、追加的に資本を蓄積しても収穫逓減の法則により時間の経過とともに成長は減速するとされる。本書では、この第1の謎についてシュンペーターを援用して解き明かす。
利益を減らすような要因、とりわけ製品市場で発生する競争はイノベーションの誘因を自動的に減らし、したがって成長の足を引っ張ると考えたくなる。
だが実際にはそうではない。イギリスの経済学者が信頼性の高いデータに基づいて行った実証研究によると、ある産業における競争とイノベーションの間にも、その産業における競争と生産性の伸びの間にも、正の相関関係が認められた。
この矛盾するような結果はどう考えるべきだろうか。
新古典派の理論は、この謎にほとんど答えられない。と言うのも彼らの理論は完全競争を前提にしているからだ。
実証研究で明らかにされたパラドクスについて、シュンペーター理論なら説明できるだろうか。成長と競争に関する理論と実証データの折り合いをどうつけるべきか。
モデルというモデルはすべて投げ捨てゼロから考え直すべきか。それとも実証データは無視し、なかったものとしてモデルを構築し続けるか。
本書ではシュンペーター理論でもってこの謎を解明する。
1890年にアルゼンチンの1人当たりGDPはアメリカの約40%に達した。つまり中所得国になったわけである。
アルゼンチンがそれ以上アメリカに近づくことはなかったものの、1930年まではこの状態を維持する。
しかし1930年を境にアルゼンチンの生産性はアメリカに比して下がり始める。
一度はアメリカに肉薄するかに見えたアルゼンチンの生活水準は、その後伸びが停滞し、やがてアメリカとの差が広がってしまったが、これはなぜなのか。
成長の鈍化は先進国でも見られる。
その代表例が日本だ。第二次世界大戦後から1985年まで日本の1人当たりGDPはめざましい伸びを示し、技術水準も躍進を遂げた。ところがその後、長い停滞が続いている。
新古典派の理論は、こうした停滞を説明できない。新古典派モデルでは、資本蓄積が進むにつれて成長ペースは次第に鈍化するが、この傾向は継続的なもので、中断したり横ばいになったりしないとされている。