近代日本が世界で覇権を握れなかった残念な理由 金融立国化できなかった「後発工業化国」の宿命

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国際貿易の決済の多くは、イギリス製の電信をもちいて、ロンドンでなされた。諸外国は、イギリスにコミッションを支払わなければならなかった。電信は、イギリス資本主義の象徴であったのだ。

世界経済のなかの日本の産業革命

日本の産業革命は、19世紀末にはじまったとされる。しかしこの時点ですでに世界の繊維の中心は化学(人工)繊維に移りつつあり、イギリスは工業国ではなく金融立国になりつつあった。日本の産業革命は、いわば遅れた産業革命でしかなかったのである。

日本は、まだまだ欧米先進国の多くの先端技術には追いついていなかった。金融システムの発展は、さらに遅れていた。逆にいうと日本の産業革命とは、先進国が注目しなくなったニッチを巧みに利用したものともいえるのである。

言い換えるなら、日本の産業革命とは、確かにアジア最初の産業革命として重要であったが、あくまでイギリスのコミッション・キャピタリズムのなかで生じたものにすぎなかったことは認めるべきであろう。

1870年代から1930年代にかけ、アジア域内交易が盛んになり、アジア内部の交易量は大きく増えた。日本の経済成長は、アジアにおいても非常に目立った。ただし、中国とインドでも、綿織物工業は発展した。

日本の重工業化が目立ったのは、1930年代のことであり、それは軍事産業の発展がプル要因となったからだ。消費財が大きく経済を牽引して成長率を高めたのは、おそらく高度経済成長期のことであったろう。

アジア域内交易では、欧米の船舶が活躍した。アジア域内の交易の増大は、欧米の船舶と日本船に依存していた。日本郵船を創設した日本は、アジアで唯一、欧米と対抗できるほどに海運業を発展させた国であった。しかし、もっとも活躍していたのは、イギリス船であった。

19世紀初頭から第2次世界大戦勃発に至るまで、イギリスは世界最大の商船隊を有する国であった。世界経済が一体化していったのは、イギリスが世界に植民地をもっていただけではなく、世界の商品をイギリス船で輸送したからだ。

世界の貿易決済は、イギリスの電信を使ってロンドンでなされた。日本も、そのシステムに従わざるをえなかった。日本はそのために、イギリスに多額の手数料を支払うことを余儀なくされた。

日本はまだ貧しく、科学があまり発展していなかったが、おそらく賃金が欧米よりも低かったことをうまく利用し、先進国ではあまり利益が出ない天然繊維を生産したことにより産業革命が発生したのである。

すなわち、日本の産業革命は、イギリスのコミッション・キャピタリズムのシステムのなかで生み出されたのである。日本経済は、イギリスの掌に乗って成長したというべきであろう。だが、日本はイギリスの掌をうまく利用したともいえるのである。イギリスがもし世界経済の覇権を握っていなかったなら、日本の産業革命それ自体が、不可能だったと考えられるからである。

玉木 俊明 京都産業大学経済学部教授

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たまき としあき / Toshiaki Tamaki

専門は近代ヨーロッパ経済史。1964年、大阪市生まれ。同志社大学大学院文学研究科(文化史学専攻)博士後期課程単位取得退学。博士(文学、大阪大学)。著書に『ヨーロッパ覇権史』『ヨーロッパ 繁栄の19世紀史』(ちくま新書)、『近代ヨーロッパの誕生』『海洋帝国興隆史』(講談社選書メチエ)、『〈情報〉帝国の興亡』(講談社現代新書)、『近代ヨーロッパの形成』(創元社)、『ダイヤモンド 欲望の世界史』(日本経済新聞出版)など多数。訳書にヤコブ・アッサ『過剰な金融社会』(知泉書館)などがある。現在、ウェブメディア「Modern Times」にて連載中。https://www.moderntimes.tv/

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