日本で「両利きの経営」が大注目された根本理由 実務家が学ぶべき「経営理論」という共通言語
入山:そのとおりですね。私がよく言う「経路依存性」で、いろいろなものが絡み合っているから変革できないのは、企業や産業だけでなく、国全体にも当てはまりますね。
冨山:だから、それに気づいた人が『両利きの経営』のような本を読むのだと思います。役人の方々も含めて(笑)。
世の中にあるハウツー本は、おなかが痛いから、薬を飲みましょうというように、抽象化プロセスをすっ飛ばして具象に行きます。なぜお腹が痛くなるのか、今後防ぐためにどうするかという、真因を探すためには抽象化思考が必要ですが、そのプロセスは面倒くさいから飛ばしてしまう。しかし、ハウツーが機能する局面は限られていて、状況が変わると、通用しない。
入山:とてもよくわかります。『世界標準の経営理論』でも書きましたが、MBAで教える「フレームワーク」は、人に考えさせないで、当てはめるだけになりがちです。
冨山:そうそう。当該フレームワークがどういう場合にはまるかどうかを考えないで、使ってしまう。そういう思考停止は、私たちコンサルティング業界でも、よくあります。それぞれのフレームワークには、生まれた時代背景があります。
たとえば、BCGのエクスペリエンス・カーブやPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)は、ある時代背景における状況を抽象化したものです。同じ状況でなければ再現性がないけれど、何となく教わると、ついPPMで説明したくなってしまう。フレームワークの意味を考えるところが、一番大事ですね。
具体化と抽象化を行き来する
入山:冨山さんは、具体と抽象を往復する達人だと思いますが、それはMBAで身につけたのですか。それとも、気づいたら自然に行っていたのですか。
冨山:おそらく元からそういう思考傾向だと思います。それに気づいたのは、大学時代に司法試験の勉強をしていたときです。3回受けましたが、1回目は1カ月前に勉強を始めて、過去問対策だけで受験しました。
手応えはあって、次は受かるなと思い、1留して猛勉強しているうちに、法律学が面白くなってしまった。たとえば、民法は経済取引の基本的な枠組みを決めるのですが、そうすると、市場経済はなんぞや、と掘っていきたくなる。法社会学、法歴史学、比較憲法も面白くて、そればかり勉強したら、試験で点を取るハウツー能力が低下(笑)。