24歳の「かまぼこ屋社長」次々訪れた不思議な転機 130年超続く店にかかってきた電話がきっかけ
2019年8月、林田さんはプロジェクトメンバー5人で吉開さんの店と工場を訪れた。高齢になり繁忙期に倒れたこと、休業から1年経っても復活を望む電話や手紙、メールが届き、待ってくれている人に応えたいから後継者を探していることなど、吉開さんは思いの丈を話した。「吉開さんの話に感動して泣くメンバーもいて、どうにか力になりたいと思いました」と林田さんは振り返る。
大学の先生や知り合いのツテをたどり、林田さんは吉開のかまぼこを買ってくれる企業探しに奔走した。だが、福岡で50社以上にあたっても、首を縦に振ってくれるところは見つからない。数カ月後、新聞記事で吉開さんの現状を知った関西の企業が関心を寄せ、2020年12月に株式譲渡することが決まった。
しかし調印式の10日ほど前、まさかの物言いが入る。近所の住民から、休業前に工場の臭いや音が気になっていたから、解決しなければ再開は受け入れられないと言われたのだ。「吉開さんはショックを受けて、迷惑をかけながら再開するわけにはいかないと。急きょ移転先を探しましたが、費用面や設備で難航して、すべて白紙に戻ってしまいました」(林田さん)
このまま廃業?近所の人と話し合い
それから半年経ち、税理士はついに廃業をすすめた。このままでは法人税など出費がかさんでいく。林田さんは「いよいよ終わりなのか」と思っていたところ、吉開さんから電話があったという。「さみしい…。私はかまぼこを作りながら死ねたら幸せなのに」。
そんな言葉を聞いた林田さんは、思わず「もう1回だけ作りませんか」と申し出た。「私がご近所の方を説得して、原料の仕入先にも相談しますから、一緒にかまぼこを作りましょう」と。
林田さんは福岡市から往復3時間かけてみやま市に通い、近所の人たちと話し合いを重ねた。相手の態度が徐々に軟化し、ついには改善策を一緒に考えてくれるように。解決の見通しが立ち、試作したいと言うと、近所の人たちから「はよやらんね」と逆に背中を押された。
2021年9月のある朝、工場に集まったのは吉開さんと林田さん、大学時代のプロジェクトメンバー、税理士など総勢10人ほど。吉開さんは朝礼で「まさか、またかまぼこを作れるとは思っていなかった」と涙を見せたという。
「もう1回お客さんに喜んでもらいたいという気持ちが強かったけど、もう難しいだろうと思っとったんですよ。10社ほど買収の話があってもまとまらず、廃業も覚悟して。また作れることが本当にうれしかったんです」(吉開さん)
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