瀬戸内寂聴さんがかつて「意見広告」を出した背景 反武力という自分の意思を自分のお金を投じて
この奇跡に近い源氏の売行きはどうしたことかと、みんなびっくりしている。一番びっくりしているのが、訳者の私自身である。
第一巻は、版元はあまり売れないだろうと見込んで五万部から始まった。それだって万とつく部数を刷るには大いに会議で揉めたと洩れ聞いている。
大体こういう全集形式は終りの方につれて売行きが落ちるので、十巻めは一万と見込んでいたらしい。
何から何まで世の中源氏色に
ところが、日と共に月と共に売行きは延び、世間に源氏ブームが起ってきて、何から何まで世の中源氏色に染ってきた。
急に十二単の髪の長い王朝の女の姿が、広告の紙面や映像に目につくようになった。
新刊書の中に、源氏に関する本の題も多くなってきた。
いったいこの源氏ブームはどうして起ったのかという疑問を、人々から問われるようになってきた。
私はその度、心の中で「わたしが作ったのよ」と胸を張っていた。遠慮のない親しい友人には、そう口に出して言ったこともあった。
パーティーの時、講談社はお客たちに、一昨年十二月、最初の一巻が出てから今までの各巻の売行きのリストと、その間、寂聴訳の源氏物語を扱ってくれたマスコミのすべての一覧表を配った。
中に、これまで、私が全国を駈け廻って講演し、サイン会をした場所も回数もすべてリストにしてあった。
一巻は三十四万部売れ、他の巻も平均二十万近く売れている。それより何より、私の講演の回数ときたら、見ただけで気分が悪くなってしまった。
サインは三万部はしているという。
その間「瀬戸内寂聴と源氏物語展」が、日本橋の高島屋を皮切りに、目下全国を廻っている。それも、どこも大入満員で、その都度私はテープカットに駈けつけ、二日間はサインしている。よくも体が持ったものだと思う。
これだけ努力したから、読んでくれるのだろうと思う。しかし、もう体力の限界である。何しろ、私は数え七十七歳のローバなのだから。そろそろ休ませてほしい。(一九九八年十一月 第百四十二号)