信州・上高地線、22年ぶり新車で描く「復旧後」の道 元東武電車を大改造「顔」はオリジナルデザイン

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実は、東武の電車が他社に譲渡されるのは珍しい。東武鉄道の佐藤貴彦車両管理所長は「相当長期間ないですね」。書籍などで過去の記録をさかのぼると、1995~1996年に上毛電気鉄道(群馬県)に譲渡して以来とみられる。

アルピコ交通が着目した理由は車両のサイズだ。今回の車両は、1両当たりの長さがかつての日比谷線乗り入れ規格だった18m。隠居部長によると、上高地線に入れるのは最大で1両当たり長さ19mまでだ。中古車の供給元となる大手私鉄は20m車両が主流で18m車は少なくなっており、「何社かの中古車両をあたったが、廃車と(自社への)納車のタイミングが合うのが東武だった」という。

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同様の事情から、元日比谷線系統の車両は地方私鉄のニーズが高い。長野県内では長野電鉄が元東京メトロの車両、上田電鉄が元東急電鉄の日比谷線乗り入れ車両を導入しており、アルピコ交通に元東武車両が入ったことで、信州3私鉄にかつて日比谷線を走った車両が揃った。他地域でも、熊本電気鉄道(熊本県)や北陸鉄道(石川県)が元東京メトロの日比谷線車両を導入している。ただ、今回アルピコ交通が導入した東武の車両はもともと余剰が少なく、同社への譲渡のみで終わる見込み。地方私鉄にとっては、タイミングや「縁」が車両導入の機会を左右するファクターになっているといえる。

新車の導入費用は非公表だが、アルピコ交通が3分の1を負担し、残る3分の1は国、長野県と松本市が6分の1ずつ補助する。今後は年に1編成のペースで投入し、既存の4編成8両をすべて置き換える予定だ。

存在感高めるチャンスに

久しぶりの新車に沸く上高地線だが、近年の乗客増加を支えてきたインバウンド需要がコロナ禍で消滅し、さらに昨年8月には大雨で鉄橋が被災して一部区間の不通が続くなど、取り巻く環境は厳しい。新車も当初は昨年3月の運行開始予定だったが、コロナ禍による減収などの影響で1年遅れとなった。

上高地線は鉄橋の被災で途中の渚駅止まりとなっている。新型車がフェンスの先の松本駅へ乗り入れを果たす日は近い(記者撮影)

一方、鉄橋の復旧はメドが立ち、アルピコ交通の小林史成社長は新車出発式でのあいさつで「6月10日前後に全線再開の予定」と表明。復旧に向けて沿線住民らによる応援メッセージや募金なども寄せられ、被災を機に改めて「地元の電車」に注目が集まっている。

駅での古本市や、早期復旧を願う応援プロジェクト「#はしれ僕らの上高地線」などを企画している「しましま本店実行委員会」代表の太田岳さんは、「被災を乗り越えて新車が走り始めるのは意義がある。沿線にも全国の鉄道ファンにも注目されているし、これからのフラッグシップ車両として上高地線が親しまれるためのシンボルになってほしい」と期待する。太田さんは新車デビューに花を添えようと、ヘッドマークもデザインした。

隠居部長によると、公式SNSなどでデビュー前から公開してきた新車情報にも反応が多いといい「ちょっと驚いています」。コロナ禍で厳しい状況が続く中、日ごろはやや地味な存在の小さな鉄道は、新車と全線復旧という話題をテコに存在感を高めるチャンスを迎えている。

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小佐野 景寿 東洋経済 記者

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おさの かげとし / Kagetoshi Osano

1978年生まれ。地方紙記者を経て2013年に独立。「小佐野カゲトシ」のペンネームで国内の鉄道計画や海外の鉄道事情をテーマに取材・執筆。2015年11月から東洋経済新報社記者。

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