小田急の運転席、他社と一味違う「添乗者」の任務 運転士「実は孤独」後輩も声がけ安全パトロール

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「運転士の仕事って孤独なんですよ。普段話せない分、おしゃべりな人が多いです。駅で20~30秒話す間に孤独を打破してくれます」。こう語る足柄電車区の松井咲也香さんは、2016年入社、駅と車掌の業務を経験して2018年に運転士になった。

指導主任の関口隆さん(左)と運転士の松井咲也香さん(記者撮影)

「指導さん(指導主任)の添乗は“見られている感”が強いが、年の近い先輩・後輩だと気軽に話ができるし、連続乗務でちょっとつらくなってきたときに同じ職場の顔をみるとホッとできる」と運転士の立場からメリットを語る。上司の添乗はテクニカル面での指導が目的だが、安全パトロールは職場の仲間同士で「頑張ろうね」と励まし合う性格が強いという。

「安全パトロール」当日は?

松井さん自身も2022年1月9日、初めて安全パトロールの業務を担当することになった。スケジュールは指導主任の関口さんと相談して決めた。当日の午前はまず、9時23分に足柄から上りの各駅停車に乗り込み、新松田駅へ。同じ車両で折り返す下り電車で小田原駅に10時8分に到着。今度は別の運転士が乗務する上り電車の急行新宿行きに乗り込み、秦野駅へ向かった。

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同駅ではホームに1時間近くとどまり、到着する下り電車の運転士に次々に声がけをした。

この日は通勤車両1000形のうち貴重な存在となった「ワイドドア車」の最後の1編成を使った特別ツアーの催行日。鉄道ファンの注目が高いため、駅や沿線で危険がないように運転士間で情報共有もされていた。

再び足柄電車区に戻ってようやく昼休み。午後は足柄から出庫したロマンスカー「EXE」の回送列車で箱根湯本へ。その後も箱根湯本―小田原間、小田原―開成間、開成―足柄間と乗り継ぐハードスケジュールをこなしていった。

滋賀県出身で「正直なところロマンスカーも知らなかったが、小田急にいち早く採用が決まり、やりたかった運転士の仕事へのきっぷをもらったので上京した」という松井さん。3年の運転士経験を積み、このたび特急に乗務できる社内試験に晴れて合格した。

安全パトロールでは、特急の回送列車に「箱根登山線で特急を運転する際のポイントについてアドバイスしてもらいたい」と意気込んで添乗した。実際の特急車両の乗務員室で耳にする先輩運転士のアドバイスは、一段とリアルに響いたに違いない。「先輩運転士にとっても、初心に返ることができ、当たり前にやっている作業で気づきを得るよい機会になる」(関口さん)といった利点もある。

一日中動いている鉄道の業界では、交代制で働くためチームワークはもちろん必要だが、運転士の仕事は「各自が別の時間帯なので一匹狼のような面もある」(別の大手私鉄関係者)という。乗務中はつねに集中力を切らすことができず、ストレスや疲れがたまりやすい。それをいちばん理解して癒やしてくれるのは、意外に基本的な「仲間からの声がけ」ということのようだ。

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橋村 季真 東洋経済 記者

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はしむら きしん / Kishin Hashimura

三重県生まれ。大阪大学文学部卒。経済紙のデジタル部門の記者として、霞が関や永田町から政治・経済ニュースを速報。2018年8月から現職。現地取材にこだわり、全国の交通事業者の取り組みを紹介することに力を入れている。

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