『十三人の刺客』--江戸時代末期と似ている、今の日本《宿輪純一のシネマ経済学》

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今年、特に下期の映画界は、空前の時代劇ブームである。本作品以外にも『桜田門外ノ変』『大奥』『雷桜』『武士の家計簿』『最後の忠臣蔵』『半次郎』と6本公開される。これらの時代劇には特徴が1つある。ほとんどの作品の舞台が“江戸時代末期”なのである。

この『十三人の刺客』のあらすじは、将軍の弟・松平斉韶(稲垣吾郎)は、生来の残虐な性質で罪なき民衆に対し不条理な殺戮(さつりく)を繰り返す。さらに、幕府の権力をわが物にしようとする。いわば史上最凶の暴君といってもいい。

そこで、島田新左衛門(役所広司)の下に集められた「13人の刺客」は300人の武士に守られた斉韶に決死の戦いを挑む。参勤交代の道中、改造された落合宿での“ラスト50分”の壮絶な戦闘は想像を絶する。この50分の戦闘シーンは歴史的な長さであるが、飽きさせない。

この暴君斉韶は、庶民を捕まえては陵辱と殺戮を繰り返す。現代日本の凶悪化する社会情勢の象徴的存在ともいえる。最近、凶悪な殺人、しかも信じられないことに子供を殺す親も増えている。身の回りでも、混雑した電車は一触即発状況ともなっている。

凶悪化した社会の問題も重要であるが、ここで論じたいのは、この凶悪化した社会ではなく、江戸時代末期の経済・社会状況だ。

江戸時代末期には、将軍を変えても、老中を中心とした硬直化したメンバーと政治体制は変わらない。体制維持が第一の目標で、改革はもちろん進まない。この状況は現代の日本経済と政府も似ているのではないか。日本経済も改革が進まず、地盤沈下が著しい。そのような経済社会情勢に合わせ、似た状況ともいえる江戸時代末期を舞台とした映画が多数制作されているように思う。

しかも、江戸時代の“金融政策”も現代と近似している。最近の日本もゼロ金利以上に金融緩和を実施し、大量に通貨を供給している。江戸時代もほぼ同様のことが行われた。

現在の通貨は紙幣であり、製造コストは非常に安い。しかも、ほとんどの通貨はオンライン上の通貨なので、コストゼロということもできる。江戸時代の場合は、金・銀・銅などの金属で通貨が作成されたため、通貨の大量供給は、その含有率を下げていくというものである。金・銀・銅の含有量と額面との金額差は、まさに通貨発行者のみが持つ通貨発行益(当時「出目」といった)である。こうした「改鋳」は江戸時代に8回も行われた。

江戸時代は中央銀行も財務省も分かれていなかったため、財政悪化に伴って通貨は大量発行されることとなり、当然のごとくインフレになっていった。経済理論や経済統計も十分ではなく、実質的にインフレのコントロールをできた可能性は低い。

さらには、今でいうと地方公共団体ともいえる藩であるが、藩の財政悪化に伴って、私的な通貨である「藩札」も大量に発行された。現在の地方債のようなものではないか。このような状況下で、金融状況はさらに複雑になっていった。

沈滞する経済社会情勢と財政悪化・インフレ進行、そして、黒船来訪といった外圧で“改革”の必要性が増していった。本作品の『十三人の刺客』そして『桜田門外ノ変』にしても、暗殺によって改革が進む・問題が解決するというある意味、単純な仕組みであるが、実際の経済・社会の改革はそれほど簡単ではない。

エコノミストの中には、“経済の破滅”や禁じ手ともいわれる“特効薬的な経済政策”を論じる方もいるが、破滅を回避する方法を論じるべきであるし、特効薬のような政策はそもそも存在しない。

正面から考えて、コツコツと借金を返済しながら、新しい経済構造に変化させる改革を進めるしかない。金融政策はそもそもサポート的な政策であり、長期化すると副作用のバブルが発生する可能性が高くなる。現状のままで縮小均衡していくのが嫌ならば、今までと違ったやり方をするしかない。

しかし、江戸末期の黒船は“米国”から来たが、現代の黒船は“中国”から来るのだろうか。

写真:(C)2010「十三人の刺客」製作委員会

しゅくわ・じゅんいち
映画評論家・エコノミスト・早稲田大学非常勤講師。1987年慶應義塾大学経済学部卒、富士銀行入行。シカゴなど海外勤務などを経て、98年UFJ(三和)銀行に移籍。企画部、UFJホールディングスなどに勤務。非常勤講師として、東京大学大学院、(中国)清華大大学院、上智大学、早稲田大学等で教鞭を執る。ボランティア公開講義「宿輪ゼミ」代表。財務省・経産省・外務省等研究会委員。著書は、『ローマの休日とユーロの謎』(東洋経済新報社)、『アジア金融システムの経済学』(日本経済新聞社)他多数。公式サイト:http://www.shukuwa.jp/、Twitter:JUNICHISHUKUWA

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