DNA採取、声と顔を記録「ウイグル」恐ろしい実態 少女メイセムの日常は2016年夏から狂い始めた

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はじめに身長と体重が測定され、視力が検査された。それからメイセムは、採血に同意するかどうか尋ねられた。が、現実問題として拒否できるはずもなかった。

選択の余地などなかった。まだ公表こそされていなかったものの、自身のDNA情報がなんらかの生体認証データベースのために警察に引き渡されることもメイセムはわかっていた。

室内にひとりだけいる医療従事者の助けを借りつつ、警察官たちは静脈を探して針を刺そうとしたが、失敗した。代わりに彼らはメイセムの指に針を刺し、小さな医療用チューブに血液を流し込んだ。そのDNA採取装置はアメリカの医療技術企業サーモ・フィッシャー・サイエンティフィックが製造したもので、同社は製品を新疆ウイグル自治区に直接販売していた。

笑顔、しかめっ面、左右の横顔も

次に男性警察官に別の部屋へと案内されたメイセムは、一連の検査を受けた。まず、カメラの前に立ち、警察のデータベース記録用にさまざまな表情を作るよう言われた。笑顔、しかめっ面、左右の横顔に加え、さらに8つのアングルから写真が撮影された。そして最後に、「国家安全保障」についての文章を声に出して読むよう指示された。

「3つの悪とは、テロリズム、分離主義、宗教的過激主義です」とメイセムは素直に読み上げた。こうして、警察は彼女の声紋情報を手に入れた。

メイセムは、警察官が幼児の頭と足から採血するのを目撃した。10分ほどで検査を終え、彼女は家族を待った。家に戻ったときにはみな疲れはて、恐れていた。しかし、居間のカメラに見られているという恐怖から、その日の経験について正直に話し合うことはできなかった。

ジェフリー・ケイン(Geoffrey Cain)/アメリカ人の調査報道ジャーナリスト、テックライター。本書執筆のために168人のウイグル人の難民、技術労働者、政府関係者、研究者、学者、活動家、亡命準備中の元中国人スパイなどにインタビュー取材を行った(写真: Chale Chala)

不審者と判断されたメイセムは、医療プログラムの一環として強制的にDNAを抽出された。彼女が参加した時点では、このプログラムは新疆だけで行われていた。

のちに、メイセムがこの医療プログラムに参加した最も初期の集団のひとりであるとわかった。その年の9月、政府はより大規模に健康診断を展開し始めた。最終的に3600万人が検査を受けたと国営の新華社通信は報じた。

この生体認証データ収集を監督していたのは、住民サービス・管理および実名登録作業リーダーシップ委員会(自治区人口服務管理和実名制工作領導小組弁公室)と呼ばれる謎の政府組織だった。ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は、これを警察の傘下にある組織だと推定した。

当局は公式発表のなかで、「全民健康体検」によって「貧困緩和、管理改善、および“社会の安定性”を促進する“科学的意思決定”」を後押ししたいと説明した。このプロジェクトは、より質の高い効率的な医療の提供を可能にし、主要な疾患を特定し、新疆ウイグル自治区の全住民の医療記録を作成するためのものだと政府は主張した。

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