多くの人は「アラブの春」を大きく勘違いしている 欧米の基準ではイスラム教を理解するのは無理

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──「人間はみな平等」は、決して世界共通ではないと。

『コーラン』に「服従しない女たちには諭し、それでも駄目なら臥所(ふしど)に置き去りにし、それでも効かないなら殴れ」という章句があります。それが女性への暴力、DVの正当化につながる。西洋近代的な価値観で生きる私たちにその女性観は異様であるように、彼らにとっては私たちの価値観が異様。

例えば、女性は覆いであるヒジャーブを着用することで暴力から守られる、という常套句。われわれは女性を守っているのだと。でもそれは、女性抑圧という西側からの非難に対し、イスラム教を擁護・正当化するための方便。現にエジプト人女性の99%はセクハラ被害の経験者です。ヒジャーブをしていても女性はセクハラ、レイプ、DVの被害に遭っている。

「アラブの春」は民主主義に対する戦い

──同じ言葉でも定義が違ってくる。

イスラム法における「公正」は、すべての人をその人にふさわしいやり方で扱うこと。劣った異教徒には劣った者にふさわしい扱いが正しい。男は男、女は女、奴隷は奴隷、それぞれにふさわしい権利と義務を神は与えられた、違いが生じることに何の問題もない、と。

飯山陽(いいやま・あかり)/1976年生まれ。上智大学文学部史学科卒。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。在学中、モロッコに1年留学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』『イスラム2.0』『イスラム教再考』、共著に『イスラームの論理と倫理』など。(撮影:梅谷秀司)

そもそも「アラブの春」についても西側世界は、自分たちが考える民主化や自由化をイスラム教徒が求めているのだ、と勘違いした。彼らにとっての民主化、自由化とはイスラム教を正しく信仰するためのもの。信仰を阻害する独裁統治体制や、イスラム教の禁忌まで許容する民主主義やリベラリズムに対する戦いです。武装闘争を肯定するジハード主義はイスラム法の正統教義。アラブの春で、投獄されていたジハード主義者のほとんどが自由の身になった。女性の覆い着用もこの時期復活しました。

──民主主義や国民主権は反イスラム的、だったのですね。

ムルガーン師らからすると、そうですよね。主権は神にのみ存する。国民主権国家で成り立つこの世界の秩序は反イスラムなので、すべて破壊しなければいけない。

ただ、一般のイスラム教徒も同じかというと、違う。神が許す範囲で自分たちはやっていると解釈しているので、そこに国民主権が入ることに矛盾はない。そうふんわり解釈しないと現実問題として日常生活が成り立たない。自分の国で普通に生きていることが当たり前だし、それを根底から覆すことなんて考えないわけです。そうすると、これはこれで正しいんだと、ふんわり解釈するしかない。

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