世界中で燃え上がるエリートたちへの怒り--イアン・ブルマ 米バード大学教授/ジャーナリスト


伝統的エリートの権威が失墜している

米国では、議論の場が主流派のメディアからインターネットへ移った。そのため、新聞の編集者や政治評論家、学者、政治家などの伝統的なエリートの権威が失墜している。サイバー空間では、誰もが自分の意見を主張することができる。それにより民主化がさらに進んだが、同時に真実と無意味な議論、あるいは合理的な政治議論と扇動とを峻別するのが難しくなっている。

欧州、アジア、米国のポピュリスト運動が勢力を増したのは、エリートがあまりにも強くなりすぎて、大衆の声が退けられるようになったからだといわれる。これはポピュリスト共通の被害妄想で、米国ではラジオのトーク番組の司会者や右派のフォックス・テレビが、欧州ではウィルダースのような人物があおっている考え方である。

もちろん、エリートにも批判されるべきところがある。欧州の移民問題は混迷を極め、それについて不満を漏らすと人種差別主義者として排除される。黄色のシャツグループはタクシン元首相を排斥した軍事クーデターを支持したこともあり、赤シャツグループを「非民主的な手段を使っている」として非難することはできないのである。米国のリベラル派も、保守的な地方の人々の趣味と習慣を嘲笑してきたことに罪の意識を感じている。

しかし、世界的なポピュリズムの台頭については別の見方がある。それは、伝統的なエリートが直面している本当の問題は、過大なパワーを持っていることではなく、パワーが小さすぎることだという見方だ。政治エリートに対する信頼の欠如は、政府に権威がないことと関連している。人々は、本当のパワーは、米国では金融界に、欧州ではEUの官僚に、タイでは軍や王室にあるのではないかと疑っている。

人々が不確実な時代に渇望しているのは、カリスマ性のある人物の強力な指導力である。カリスマ性のある指導者とは、旧態依然とした組織を一掃し、腐敗を取り除き、利己的な政治家を打倒し、奇妙な習慣や宗教で人々を脅かしている外国人に反対し、国民のために立ち上がることを約束する人物である。

尊敬を勝ち取るためにも、政治家はもっと権威を示すべきである。オバマ大統領が金融市場の規制強化を求めたのは正しい。欧州では、EUがもっと民主的になるか、各国政府がEUの官僚への権限委譲を減らす必要がある。

タイは最も厳しい問題に直面するかもしれない。タクシン元首相のような指導者に依存することは民主主義を促進する最善の方法とはいえないが、かといって軍事クーデターや国王の介入に頼るのも問題である。タイでは国王の役割について議論することさえ違法である。しかし、議論がなければ民主主義は死の宣告を受けることになるだろう。

Ian Buruma
1951年オランダ生まれ。70~75年にライデン大学で中国文学を、75~77年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。

(週刊東洋経済2010年7月31日号)

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