岩倉具視と大久保「打倒慶喜」へ企てた策がヤバい

徳川15代将軍に振り回された2人の大胆な決断

岩倉にしても、もはや幕府と手を組むつもりはない。こうなったら将軍職を廃止して、朝廷が政治の中心となることを勅命で宣言してしまえばいい。岩倉と大久保はそんな話し合いをしていた。

完全に同じ方向を向いた2人は、その先の展開についても意見が一致する。慶喜が将軍職をすんなり手放すはずがない。慶喜が抵抗したら、武力で退位を迫るのがよいだろう。

10月8日、薩摩藩からは大久保利通、西郷隆盛、小松帯刀ら、長州藩からは広沢真臣と品川弥二郎ら、芸州藩からは辻維岳、植田乙次郎、寺尾生十郎らが会合を開く。時は満ちたとばかりに、武力による政変が決議される。あとは朝廷をいかに動かすかだ。

すぐさま3藩を代表する大久保、広沢、植田が、公家の中御門経之と中山忠能を訪ねて、討幕の意思を伝えている。ほしいのは朝廷のお墨付き、つまりは、天皇の命を伝える宣旨だ。翌日の9日、大久保は岩倉邸を訪ねて、事の次第を報告している。

下された「偽」の密勅

そして10月14日、大久保と広沢は正親町三条実愛邸に向かう。岩倉にそう指示されたからである。そこでいわゆる「討幕の密勅」が下されることになった。1つは薩摩藩の島津久光父子宛、もう1つは長州藩の毛利敬親父子宛だ。

密勅を出したのは、中山忠能、正親町三条実愛、中御門経之の3人。だが、大久保には、その裏にある名が心の目に映ったことだろう。

岩倉具視――。これは、朝議も得ていなければ、天皇も認めていない偽勅である。こんな大胆不敵なことをやってのけるのは、岩倉しかいない。

舞台は整った。あとは政変の決行に動き出すのみ……のはずだった。しかし、同日に慶喜は信じがたい行動に出る。なんと自ら政権を朝廷に返上するというのだ。

慶喜は将軍になる前から、薩摩藩を警戒し続けていた。第13代将軍の家定による政務が不安視されると、薩摩が自分を将軍に担ごうとしたのも、中央の政治に進出したいがためのこと。結局、第14代将軍には家茂がついたが、薩摩が幕府にごり押ししたために、慶喜は将軍後見職に就く。だが、これも慶喜からすれば、ありがた迷惑でしかなかった。うんざりした様子でこう語っている。

「将軍後見職というものは、ただの大老でもなければ何でもない。将軍後見職の名さえ出せば、朝廷も何も言ってこないし、諸大名も受け入れざるをえないだろうというのが、幕府の役人の考えのようだ」

そうして散々、盛り上げておきながら、いざ自分が将軍になって、思いどおりに操れないとわかると、今度は引きずり降ろそうとする。やはり薩摩はまったく信用できない。慶喜はこれまで抱いてきた薩摩への不信感は正しかったと、確信したことだろう。

薩摩からすれば、慶喜がことごとく協力を拒むので、我慢の限界を迎えて見限ったわけだが、両者はいつもすれ違う。そして、すれ違いながらも、誰よりもお互いに意識している。

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