「ワクチン開発立役者」カリコ氏の壮絶な研究人生

ハンガリー出身、「mRNA」ワクチンを40年研究

「かつてのハンガリーでは、より自分が成功できる環境を求めて、多くの優秀な人材が海外に出ていきました。私自身は家族と離れるつもりはなかったですし、母や姉もいましたから、帰りたいと思ったときにいつでもハンガリーに帰れる状態でいたかったんです。海外で生活をするには、パスポート(旅券)やビザ(査証)などの書類が必要になりますよね。

当時のハンガリーは自由に海外渡航ができる国ではありませんでしたから、パスポートやビザをとるには、それなりの理由が必要でした。ソ連の影響下にありましたし、しかも行き先はソ連と対立関係にあるアメリカ。でも、大学で研究をするという正式なオファーですから、家族も一緒に出国許可を得ることができたんです」

行き先は決まった。正式に出国許可もおりた。次なる課題は資金をどうするか、ということだった。当時のハンガリーでは、個人が所持できる外貨は100ドルまでと制限されていた。つまり、それ以上は換金できないし、持ち出すこともできない。

100ドルといったら、日本円にして(当時)およそ2万円。家族3人でアメリカに渡るにはいくらなんでも少なすぎる金額だ。

「闇で車を売ったりして何とかお金を集めたものの、換金が認められてなかったのでとても苦労しました。実際には100ドルでなく、1000ドルを持っていきました。でも、見つかったら一巻の終わりです。そこで、お金をビニール袋に入れて、それをテディベアの背中を切ってしのばせました。そのテディベアを娘に渡して出国したわ。

だから、実際にお金を密輸したのは私の娘であって、私たちではないのよ。今だから笑って話せるけれど、本当に怖かった。アメリカに到着するまで、娘とテディベアから目を離さなかったわ」(カリコ氏)

提示された年俸は日本円換算で約340万円

こうして、テンプル大学のあるフィラデルフィアに移住したカリコ氏一家。提示された年俸は1万7000ドルだった。当時の日本円にすると340万円。

「年俸1万7000ドルなんて、家族で何とか食べていける程度の額でしかない。チケットは片道しかありません。研究を続け、生き残っていくためには、アメリカ社会にできるだけ早く溶け込まなければならなかった。ドルで食べるものを買わなきゃならない。クレジットカードだって持っていないし、(1985年当時は)携帯電話なんてなかった。

しかも、誰も知っている人はいない。私を雇ってくれた大学の人すら知らなかったのですから。その後、私の母もアメリカに来ることになるのですが、ハンガリーでエンジニアだった夫は、まさにゼロからのスタート。清掃などの仕事から始めました」

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