「それはな、わしは、もともと株に興味はないんや。けどな、株式市況を観ていると、まあ、日本経済の様子、世の中の動きがわかるわけや。そのために株式市況を観ておる。だから、株価が上がったか、下がったかは、あまり興味はない。というより、株をやるという考えはないんや。きみ、覚えておきや。株や土地で、金儲けをしようと思って手を出したらダメやで。その会社を末永く応援してやろう、それで、その会社の株を買う。あるいは、その土地に、住む家を建てる、必要な建物をたてる、それで土地を買う。そういうことならええけどね。金儲けのために土地を買うたり、株を買うたりしたらあかん。だいたい、人生と経営は、賭け事ではないんや」
毎回ではなかったが、この話は、耳にタコができるほど、この番組の後に、判をついたように、ほとんど同じ内容で繰り返した。聞きながら、まあ、そうでしょうね。しかし、こちらは、株を買うにも、土地を転がすにも、どだい、おカネがないのだから、縁遠い話。従って、その都度、聞き流すように聞いていた。しかし、この繰り返しの松下の話が、数年して、私を救ってくれることになった。
マンションへの投資話
取引をしている銀行の支店長は、同じ歳ということもあって、よく話をしにきていた。その支店長が、あるとき、訪ねて来て「今日は、いい話をもってきましたよ」という。要は、2億円の丘の中腹のマンション一棟を買わないかということである。とてもお金がないというと、支店長は、「おカネはいっさいいりません。現物担保で、この書類に署名と押印してもらえば、それだけでいい。私が責任を持ちます。私が支店長でなければ、即刻購入します」とまで言う。
いい話と思った。とは言え、現物を見なければ、ということで返事は後日ということにした。現物のマンションを見に行くと、確かに立派、丘の中腹にあって見晴らしもいい。よし、買おうと決めた。そうか、私も億万長者かと心が躍った。しかし、帰路の途中から、なにやら気が重くなった。なんだろう、この気の重さは。しばらくして、突然、松下の言った「人生と経営は賭け事ではない」という言葉が脳裏に浮かんだ。いま、自分が買おうとしているのは、金儲けを考えているのではないか。これは、いけない。結局は、断った。
いま、そのことを思い出すと、松下の言葉に従ってよかったと思う。おそらく、今頃、ほとんど入居者もなく、返済することもできず、現在の私はなかったろう。そう思うと松下幸之助の言葉のありがたさがしみじみと感じている。松下に危機一髪、救われたのである。
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