「台湾」への改名でジレンマに陥るバイデン政権 「一つの中国」政策をめぐり米中対立の新たな火種に発展

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中国の激烈な反応は、バイデン氏の求めで7カ月ぶりに開かれた習氏との電話首脳会談(約90分)と無関係ではない。ホワイトハウスが発表した報道発表によると、バイデン氏は「両リーダーは競争が衝突へと発展しないための方策を話し合った」と書く。

2021年2月の電話会談では、バイデン氏が香港、新疆、台湾問題を取り上げ、中国側の「強圧的姿勢や不公正な経済政策、人権弾圧」などを批判した。だが今回はこれらの問題には一切触れず、関係改善模索という意図が透ける。

中国に不安が尽きないアメリカの「一つの中国」

会談について台湾では、元民進党立法委員で評論家の郭正亮氏が「大船が突然舵を切った」と、アメリカの緊張緩和に向け方向転換という見方をしている。それが正しいとすれば、蔡政権としては穏やかではいられないはずだ。蔡総統も最近は「自主防衛」を強調し、台湾で大規模な軍事演習を行った。

一方、中国国営新華社通信によると、習氏は会談で米中関係が「アメリカの対中政策により、ひどい困難に遭った」と批判し「安定的に発展する正しい軌道にできるだけ早く戻すべきだ」と訴えた。さらにバイデン大統領は会談で「両国には競争のゆえに衝突に陥る理由はない。アメリカには一つの中国政策を変える考えはそもそもない」と述べた、と報じた。

だが、中国は「一つの中国」政策の変更はないという発言だけでは納得しない。特にアメリカの「一つの中国」政策は、台湾を中国の一部と見なす中国側の主張に理解を示した1972年などの3つの共同コミュニケだけでなく、台湾への武器供与をうたう「台湾関係法」や武器供与停止の期限を設けない「6つの保証」など、矛盾する台湾政策の寄せ集めだからである。

閣僚級の高官訪台や大量の武器売却をしたトランプ政権に続き、バイデン政権も2021年4月には、陸軍顧問団を台湾に派遣して戦車部隊の訓練を指導。同年6、7月にはアメリカ軍輸送機が議員を乗せて2回台湾を訪れるなど、台湾重視政策を継承し「一つの中国政策」の空洞化を狙っていると警戒する。

バイデン大統領は、対中軍事同盟の新しい枠組みとして米英豪3国の頭文字をとった「AUKUS」の創設を発表。2021年9月25日にはワシントンで、インド太平洋戦略の「核心」として重視する日米豪印4カ国の「クアッド(QUAD)」の初対面首脳会合を開いて、対中同盟・友好国の再構築をアピールしようとしている。

民主、共和両党の分断が深まるアメリカ政治で、厳しい対中政策は合意が得られる数少ない政策の一つ。国務省の実務レベルや中国・台湾問題の識者の中には、改名が「台湾独立勢力に誤ったサインを送る恐れ」を理由に反対の声もある。ゴーサインを出せば議会の支持が得られる。その半面、関係改善の模索は壁にぶちあたり、台湾海峡をめぐる米中軍事的緊張という消耗戦を覚悟しなければならない。

改名の選択は、バイデン氏にとって正に「弱り目に祟り目」のジレンマ。結論を先送りする可能性が高い。

岡田 充 ジャーナリスト

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おかだ たかし / Takashi Okada

1972年共同通信社に入社。香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て、2008年から22年まで共同通信客員論説委員。著書に「中国と台湾対立と共存の両岸関係」「米中新冷戦の落とし穴」など。「岡田充の海峡両岸論」を連載中。

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