「権力集中・箱庭・仮免許」菅氏の失敗を考える3項 選挙の顔として勝ったことない菅氏に恩なし?

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国会での質疑や記者会見で、批判的な質問に木で鼻をくくったような答えしか繰り返さなかったのは、「正しいことをやっていたら、説明はいらない。結果が出れば、そのうちわかってくれる」という考えがあったからなのだろう。「男は黙って……」という昭和の感覚かもしれないが、令和の首相として、うまくいくはずがない。

民主主義下の政治家に必要な素養である「国民と対話する力」が決定的に欠けていた。そのことは菅首相自身も自覚はしていたようだ。9月9日の記者会見では「私はできなかったが、国民の皆さんに説明して理解をしてもらうのが、これ政治の役割だ」と語った。

菅氏は永田町・霞が関という閉ざされた箱庭の外にいる国民と対話する力や技術がなかった。箱庭で通用した手法は、国民には通用しなかった。菅氏の退陣は、箱庭政治の限界を示している。

「一国一城の主」は官僚とは違う

最後のキーワードは「仮免許」である。

菅氏は永田町の派閥の論理で生まれた首相だった。国民の審判である衆院選を経ていないことを考えれば、仮免許しかもたない首相だったと言える。

衆参の国政選挙で6連勝した安倍首相との決定的な違いは、そこにある。安倍氏は国政選挙で信任を得るという民主的正統性を持った。それは自民党議員にとっては「2012年に政権に復帰させてくれた恩人」であり、「政治生命を守ってくれる選挙の顔」だった。それが安倍氏の自民党内での力の源泉で、支持率が低下しても、党内から「安倍おろし」の声は起きなかった。

菅氏が今回、あっさり退陣に追い込まれたのは、そこにある。支持率が低迷し、おひざ元の横浜市長選で、自らの推す小此木八郎・前国家公安委員長が敗れ、「菅おろし」の風が吹き始めたとき、菅首相は党役員人事で、苦境を乗り切ろうとした。

菅首相は官房長官時代から躊躇することなく、人事権を振るってきた。しかし、それは、あくまで「官僚の人事」であり、今回、手をつけようとした党役員人事は、「政治家の人事」だった。

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有権者に選ばれる「一国一城の主」である政治家は官僚とは決定的に異なる。ましてや党役員に座るような政治家は、閣僚を経験したり、派閥の幹部だったりする実力者だ。その実力者の人事でも、首相はあたかも官僚の人事異動と同じように、「権力のある私が言えば、うまくいく」と勘違いをしていたのかもしれない。

ましてや、民主的洗礼を受けていない「仮免首相」の言うことなんて通用するはずがなかった。菅氏を「選挙の顔」として勝ったこともない自民党議員の多くは、菅首相に恩もなかったのだ。

菅氏は官房長官として7年8カ月、首相として1年、合計8年8カ月、首相官邸という権力の中枢に居続けた。その菅氏が官邸を去る。菅氏の意向が、行動の指標になっていた霞が関の官僚たちは、どうなるのか。永田町・霞が関の世界だけでの政治は通用しないことを目の当たりにした政治家たちは、どんな姿勢で秋の衆院選にのぞむのか。10年近く続いた安倍・菅長期政権の終焉で、日本の政治は大きく変わっていくだろう。

蔵前 勝久 朝日新聞論説委員

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くらまえ かつひさ / Katsuhisa Kuramae

1976年、鹿児島県生まれ。松山支局などを経て、2008年から政治部など。2021年から朝日新聞論説委員。

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