西島秀俊が「村上春樹原作映画」で見せた新境地 キャリア30年「遅咲きの俳優」がさらに輝く理由

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既に俳優活動30年、映画主演作だけでも23本を数えるベテランの西島ゆえ、これまでありとあらゆる役柄を演じてきたはずが、ハルキワールドにこんなにしっくりハマるとは。新しい発見だ。

改めて考えてみれば、インテリジェンスに富み、寡黙だが自分の生き方を譲らず、他人から何かについて尋ねられれば誠実に答えようとする村上作品の主人公は、西島の人物像に重なる。

(写真:©2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会)

現に濱口監督は、今回の映画に西島を起用した理由について、こう語っている。

「西島さんは村上春樹の世界にすごく親和性があるからです。自分を出しすぎないのだけど、決して率直さを失わないご本人の人となりが、村上春樹が描く主人公全般のイメージにとても近いということなのだと思います」

さらに西島は、『ノルウェイの森』に代表されるような村上春樹らしい直接的な性描写のパートも演じている。家福と妻がベッドで性交をし、事後、性にまつわる言葉を使って赤裸々な会話をする場面は、まさに村上文学の再現。

これまで北野武監督作品や、辻仁成原作の『サヨナライツカ』、吉田修一原作の『春、バーニーズで』など純文学の映像化作品で主人公を演じてきた西島は、そういったワードを言っても変にいやらしくはない文学性と不自然でもない中年のリアリティも兼ね備えているのだ。

実はこの立ち位置にいる同世代の俳優は西島以外にほとんどいない。例えば、かつてドラマ『あすなろ白書』で共演した木村拓哉とは1歳違いだが、現在の木村が映画で性的なワードを言うことは想像しにくいし、2歳下の大泉洋や堺雅人ではまだ少し若い印象があり、個性も強すぎてしっくりこないのではないだろうか。

原作にない「映画だけの要素」も

一方、村上の小説にはない要素も。前述のとおり、家福は蜷川幸雄もびっくりの前衛的な演出家で、多言語を用いた芝居づくりをする。日本人俳優が日本語でセリフを言い、次に韓国人俳優が韓国語で話す。さらには手話まで出てきて、それぞれ別の言語を話す登場人物たちは意思疎通できるはずがないのに、そのまま劇は展開していく。

このあまりにシュールでアーティスティックな仕掛けを実は演劇経験はほとんどない西島がこなしているのも面白い。言うまでもなく演劇は言葉と声の芸術であり、その意味でも新境地になったようだ。

ちなみに劇中で家福が台本読み合わせの段階ではあえて役者に感情を込めさせないのには濱口監督の手法が反映されており、その演出を受けた西島本人も「個人的なキャリアとしては、全くいままでとは違う演技になっていたのかなと思います」と語っている(NHK WEB特集『演技なのか、ドキュメントなのか 世界を魅了!「濱口メソッド」』)。

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