45歳の証券マンが脱サラ「CG界へ転身」決意の裏側

「ミレニアム・ファルコン」を作った男の半生

朝起きても、心が晴れない。いい歳をして、会社に行きたくないのだ。

人間関係のストレスもさることながら、当時は世界的な金融不況の影響で会社の先行きも怪しくなってきていた。ニューヨークの事務所にしても、いつ閉鎖されるかわからない。日本企業の正社員だったからいきなり解雇されることはないにしても、日本に呼び戻されることになる。

私は15年以上アメリカに住んでいて、すでにグリーンカードも取得していたし、特にこちらで生まれ育った子どもの事情を考えると、日本に生活拠点を移すのは難しい。

日本人的常識で考えれば、何とか会社にしがみついて定年まで居座るか、会社を辞めざるをえないとしても、これまで仕事で培ってきたスキルやコネといったものを活かし、勝手知ったる業界で転職活動を行うというのが順当なところだろう。

だが、私が選んだのは、まったく別の道だった。プロのCGアーティストとして、映画のクレジットに自分の名前を刻もうと考えたのだ。

背水の陣を敷き、学生になる

証券会社に勤める働き盛りのサラリーマンが、いきなり会社を辞めてハリウッドを目指す――。そう聞くと、仕事でストレスを溜め込んだ人間がおかしくなって突拍子もないことを言い出したように感じるかもしれない。

だが90年代後半、まだCGが黎明期だった頃、私はCGアーティストを真剣に目指したことがある。映画『トイ・ストーリー』に魅せられ、会社勤めをしつつ、3年間寝食を忘れるほどにCGに没頭した。とあるCGスタジオに、採用される直前まで行ったこともある。

いくつかの事情が重なり、この時はCGへのチャレンジを諦めざるをえなかったが、今こそ再チャレンジする時ではないか。

とは言っても、90年代後半から2008年の約10年間でCG技術は恐ろしいほどに進歩し、CGアーティストを目指す競争も桁違いに激しくなった。10年のブランクがある人間が、片手間にチャレンジできるような生やさしい状況ではない。自分が持てるリソースをすべてつぎ込まなければ、成功はおぼつかないのだ。

私には妻と子ども2人がいたから、のんきなことはやっていられない。2年間が限界だ。何とか2年間の間に先端のCGスキルを身につけ、業界にコネを作り、プロのCGアーティストとして食っていけるようにならねばならない。

会社を辞める前に大慌てで住宅ローンを組んで、ロサンゼルスに住居を確保する。スキルを身につけるにもコネを作るにも、ハリウッドのある西海岸が有利だと考えたからだ。

会社を退職するとすぐ、ハリウッド近くのCGスクールに入学し、45歳で学生になった。CGの経験があるということで、学校には3カ月の短期コースを取ることを勧められた。

授業は朝9時から夜7時まで。遅刻しないように着こうとすれば、家を7時前には出なければならない。1時間半の通学時間中、渋滞でのろのろ運転になっている時には、運転席の脇に設置したMacBookで(まだスマホがない時代だった)、チュートリアルビデオを見た。

学校では食い入るように講師の話を聞き、夜の7時になったら自宅へ飛んで帰る。帰りは道路も空いているから、1時間弱で家に着く。

30分で夕食を済ませ、深夜1時頃までかかって宿題を片付ける。単に出された課題をこなすのではない。講師にアピールするために、誰よりも優れたCGモデルを作ろうと頑張った。こうした日々がみっちり2カ月半続いた。

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