復権狙うトランプ前大統領と一族企業起訴の行方 現代の「テフロン・ドン」をめぐる政治的駆け引き

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しかし、今後、前大統領であるトランプ氏本人を起訴するとなれば、ハードルは大幅に高まる。2020年大統領選で7400万人を超える国民の支持を得たトランプ氏を起訴するには、明確な理由が不可欠だ。直接的関与などが不透明な状況下、トランプ氏が無罪となれば、「魔女狩り」と主張してきたトランプ氏や支持者が勢いに乗って、逆に検察は信頼を失墜しかねない。

退任した大統領に国民がここまで注目することは最近では類を見ない。だが、トランプ前大統領は注目に値する。共和党内では引き続き最も影響力がある指導者と位置付けられているからだ。クイニピアック大学の世論調査(2021年5月)によると66%の共和党支持者がトランプ氏の2024年大統領選再出馬を望んでいる。仮に今日、大統領選予備選が実施されればトランプ氏の共和党の指名獲得は確実視されている。

検察捜査を追い風としかねないトランプ氏

したがって、検察の捜査の行方はアメリカ政治を占ううえでも重要だ。この度の起訴は、仮にトランプ氏が2024年大統領選に再出馬する場合は打撃となるとの見方もある。他方で、もし検察が今後、トランプ氏の直接の関与について新事実をつかむことができず、現在の起訴状の内容から新たな進展がない場合、逆にトランプ氏の政治的影響力はむしろ拡大することが予想される。また、今後、捜査の手がトランプ氏に迫れば迫るほど、同氏は世論を味方につけるために大統領選再出馬を狙う可能性が高まるとも見られている。

「テフロン・ドン」は実は1980年代に何度も逮捕されるも裁判で繰り返し無罪となったマフィアのボスのジョン・ゴッティ氏の愛称でもあった。だが、ゴッティ氏も、最後には脱税などを含む容疑で刑務所に送られた。その一世代前の同じくイタリア系マフィアのボスのアル・カポネも1930年代初頭、脱税容疑で収監され失脚した。

トランプオーガニゼーションとCFOも脱税容疑で起訴されたことで、トランプ氏の政界での影響を封じ込められるのではないかと、民主党支持者の間で期待が高まっている。仮に検察がトランプ氏自身を起訴する事態まで発展し、前大統領の犯罪行為について司直の手により裁かれることになれば、同氏の政治生命もついに絶たれるかもしれない。

とはいえ、今後、ワイセルバーグ氏あるいは他のトランプオーガニゼーション幹部が司法取引に応じるなど事態が急展開しないかぎり、トランプ氏の起訴は考えにくい。つまり、現状では民主党の期待に反し、今日の「テフロン・ドン」は不死身であることが再び証明される公算のほうが大きいといえる。

渡辺 亮司 米州住友商事会社ワシントン事務所 調査部長

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わたなべ りょうじ / Ryoji Watanabe

慶応義塾大学(総合政策学部)卒業。ハーバード大学ケネディ行政大学院(行政学修士)修了。同大学院卒業時にLucius N. Littauerフェロー賞受賞。松下電器産業(現パナソニック)CIS中近東アフリカ本部、日本貿易振興機構(JETRO)海外調査部、政治リスク調査会社ユーラシア・グループを経て、2013年より米州住友商事会社。2020年より同社ワシントン事務所調査部長。研究・専門分野はアメリカおよび中南米諸国の政治経済情勢、通商政策など。産業動向も調査。著書に『米国通商政策リスクと対米投資・貿易』(共著、文眞堂)。

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