銀座「文壇バー」ママが語る文豪たちの豪快な逸話 野坂昭如氏はあるとき札束をポーンと…

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とはいえ、文壇の先生方、大手出版社の経営者や名物編集者、さらには政界人、財界人にも常連の多い文壇バーという場所は、いつしか「そこで受け入れられることがステイタス」といった立ち位置になっていきました。

政財界には文化的造詣も深い方が多いので、たとえば芥川賞の祝賀会のときに「ザボン」に居合わせたりすると、「ママ、みなさんに僕からもシャンパンを1本いれて」などとおっしゃいます。けっして会に割り込んで作家に話しかけたりはせず、そっとお酒を差し入れてくださるのです。

入店した瞬間、そうそうたる文壇の先生方がいらっしゃるのを目にしても、気安く話しかけたり、名刺を差し出したりしません。ただスッと黙礼して通り過ぎるだけ。そういう振る舞いがとってもエレガントで、これがトップクラスの財界人の風格かと惚れ惚れするような振る舞いなのです。

ビジネスを離れた場での豊かな語らい

そうした政財界の方と作家の先生をつなぐのは「ザボン」のママである私の役割です。「先生、あちらのお客様はこういう方なんですけど、あいさつしてくださる?」とお願いします。作家がいるのが文壇バーの特徴だから、うちがつぶれないためにもお願い……そんなふうにお願いすると、先生方はたいてい快く応じてくださいます。

重松清先生は、いつも「ママが言うんだったら、僕はいくらでもするよ。僕を使って」とおっしゃる。作家の先生だからといって決して偉ぶらない、とても温かくて優しい方です。

もちろん、一度酒席で交流したからといって、すぐに何らかの成果に結びつくわけではありません。でも、ビジネスを離れたお酒の場で顔を合わせ、あいさつを交わし、ときには語らうなかで信愛の情が育まれるというのは、とても豊かなことではないでしょうか。

そういう土台が築かれたうえで作家や編集者が何かを企画した際に「じゃあ、うちの会社も少しサポートさせてもらいます」という話になったら、文化的発展にもつながります。

ビジネスパーソンがどこで誰と会い、親しくなるか……そのすべてをすぐに「成果、数字に直結するかどうか」で判断するのは寂しいことだと思うのです。

文化の発展には「遊び」のようなゆるいつながりが欠かせません。さまざまな分野の一流人が遊び、それなりのお金を投じるから街はいっそう賑わい、華やぎ、そこから文化が育っていく。そんな昭和の文化が残っている銀座の気風を、これからも守っていきたいというのが私の切なる願いです。

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