世界初「サイボーグ化した男」に日本人が学ぶこと 危機を乗り越える「ネオヒューマン」の希望の力

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ピーターは、自身のサイボーグ化を2つの側面から進めた。

まずは身体だ。ALSが進行すると、歩くことはもちろん、食事をとったり呼吸をすることもできなくなる。そこで彼は身体に3つのチューブを通すことで「生きる」ことにした。喉が動かなくなると呼吸ができなくなるため、まずは人工呼吸のためのチューブを通した。食事も自力でとれなくなるため、栄養をとるためのチューブも必須だ。そして排泄物を出すためのチューブもつけた。

次にコミュニケーションである。ALSによって筋肉は動かなくなるが、眼球を動かすことはできる。そこで視線を動かすことによってデジタルによる指示を出せるようにした。これで、頭で考えたことを文字としてアウトプットできる。しかしそのスピードは人と対話をするには遅い。

そこで、彼はAIテクノロジーを活用した。話し相手の言葉をAIが聞き取り、ピーターの思考スタイルに合わせてSiriやAlexaのように自動的に返事をするようにした。ピーター自身の考えも音声化し、あわせて会話を成り立たせようとした。さらに、アバター(分身)も開発した。投影されたアバターは、会話の内容によって豊かに表情を変えることができ、またピーターの実際の声を元とした人工音声を通じて会話も行われた。

このように、一切体を動かすことができなくなっても生き続け、また考えを他人とコミュニケーションすることをピーターは実現させたのだ。

人間はみな「ネオ・ヒューマン」に近づいていく

『ネオ・ヒューマン』は、テクノロジーによって難病解決が進展することを示した。同時に、身体を動かすことができる私たちにとっても、彼の取り組みは多くの示唆を与えてくれる。

1日の中でネットを利用している時間は年々増えている。世界の平均は1日あたり6時間42分だ。世界でもっとも長くネットを使っているのはフィリピンだが、平均で1日10時間にのぼる(CNN「ネット利用時間の最多はフィリピン、最少は日本 国際調査」)。人類が、起床している時間の大半でネットを使うようになるのも間もなくだろう。

コロナ禍はこの傾向を早めた。「密を避けろ」の声の下、他人との物理的接触はあるゆる場面で抑えられた。私たちは身体こそ動かせるが、コミュニケーションの意味では、身体を動かせないピーターに近づきつつあるといえる。

ピーターは身体を捨て、デジタル空間に自分の身を投じた。彼は食事をとったり、人と顔をつきあわせて会話に花を咲かせることはできない。

しかし、ピーターがおかれているような状況がむしろ人間生活の普通になりつつある。仕事、生活、趣味。ネットとコロナによって、人間関係をともなう行動はすべて変わりつつある。ピーターが「ピーター2.0」になることを決断したように、私たち1人ひとりも新しい自分へのアップデートが求められている。

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