個人情報に鈍感な人に伝えたいGAFA規制の意味 個人の小さな損害を放置すると市場が歪む

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プライバシー権は個人を保護することを目的とし、競争政策の目指す公正な市場は、個人に適切に選択肢が付与されることが前提となります。両者は、個人情報が独占状態にある巨大なプラットフォーム事業者に対する個人の防御策となる点において、規制の狙いを共有しうるのです。ブランダイスが、プライバシー権を生み出したと同時に、トラスト規制を作り上げたのは決して偶然ではありません。

かつてわが国は、連合国軍による財閥解体へと進みました。企業の巨大な富の集積それ自体が、個人の尊重と民主主義の理念に反すると考えられたためです。

何の救済手段もないと巨大さにひれ伏すしかない

人は、何の救済手段もない中で、自らの力ではいかんともしがたい巨大さを前にすると、その巨大さにひれ伏すしかありません。日本国憲法は、巨大さを前にしても、その巨大な富の集積にのみ込まれない個人の「尊重」の生き方と、その生き方を支える公正な市場を擁護しているものと考えられます。

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同時に、プライバシーと個人情報を適切に保護することが、市場における競争政策にも寄与することを理解しなければなりません。1人の個人がプラットフォーム事業者から提示された広告やそこから誘引された行動について損害を算定することは難しく、また仮に算定できたとしても巨大プラットフォーム事業者の利益にとっては些末なものです。

しかし、個人の小さな損害を放置することがデジタル市場を歪めるという大きな視点を等閑に付してよいわけではありません。すなわち、プライバシー権は、公正な競争を確保する市場の形成の条件となり、その意味で社会的利益を含んでいます。

独占禁止法と個人情報保護法のハイブリッド規制という「規制の実験」は始まったばかりです。付け焼き刃の規制ではなく、規制の基盤をなす思想を考えつつ、効果的な規制を継続的に検討していく必要があります。

宮下 紘 中央大学総合政策学部教授

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みやした ひろし / Hiroshi Miyashita

2007年、一橋大学大学院法学研究科博士課程修了。内閣府国民生活局個人情報保護推進室政策企画専門職、駿河台大学法学部専任講師等を経て現職。専攻は憲法、情報法。

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