テレ東が「映像を捨てた」!大胆勝負に出る背景 「音声のみ」だから生まれる臨場感で拓く新境地

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4月28日に配信されたエピソード1は「右翼左翼の飯」。ディレクターはレコーダーを手に、終戦記念日の靖国神社に向かう。周辺では「どけやオラ!」「邪魔なんだよ!」などの罵声や怒号、団体による主張が飛び交い、機動隊は壁になって衝突を止める。一般人なら恐怖でとても近寄れないような光景が、その音から想像できる。

エピソード1取材時の写真。九段下周辺は怒号が飛び交う物々しい雰囲気だった(写真:テレビ東京)

だが、ディレクターはレポートを続け、やがて一人の人物を食事に誘う。テレビでこれほど緊迫した状況を流し続けるのは難しいかもしれない。

上出氏は「音声の臨場感や没入感は映像より強い」と断言する。確かに車が通り抜ける音の迫力や、左右の音のムラ、人々の肉声はリアルで、聴き手もその場にいるような感覚になる。

また、「登場人物の一段とパーソナルな部分に入っていけるのが音声の力かもしれない」(同)と語るように、カメラを構えた取材班でないからこそ、より深いエピソードを聞き出せる側面もあったようだ。

今まで遠い存在だったり、近づいてはならないと思っていたりした人物でも、「飯、一緒にどうですか」と話しかけるとさまざまな事情や経験などを語ってくれる。いつの間にか引いてしまっていた境界線のようなものを壊すことが、国内でもできるのではないか――。上出氏はそうした思いで番組を作っているという。

脈々と培ってきた「そぎ落とす文化」

今回のスポティファイとの提携は、音声のみで番組を企画制作するテレビ東京のプロジェクト「ウラトウ」のコンテンツを配信するというもの。ウラトウはテレビ番組で実現が難しいアイデアや若手ディレクターの挑戦的な企画を実践する場として、今回新たに上出氏らが立ち上げた。音声から始め、いずれテレビ番組に育てていく流れも見据えている。

ただ、いくら新規プロジェクトとはいえ、なぜテレビの命である映像を捨てるのか。ここはテレ東の”ものづくり”の歴史が関係している。

テレ東はそもそも、全国ネットではない。大手キー局と比較して広告収入が少なく、番組制作費は半分以下だ。それでも他局と渡り合うために現場のスタッフはつねに知恵を絞ってきた。お金をかけるポイントを絞り込む、つまり「捨てること」に慣れている会社なのだ。

その結果として、豪華なスタジオやタレントに頼らずとも「Youは何しに日本へ?」「家、ついて行ってイイですか?」といった、一般人が主役のヒット番組をいくつも生み出した。ドラマも差別化のためマスを捨て、「孤独のグルメ」「勇者ヨシヒコ」などニッチに刺さる作品を追求した。

これらの手法には他局も一目を置いている。「映像を捨てたい」という上出氏の一言から始まった音声番組の企画も、業界の常識を捨ててきたDNAの延長線上にある。

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