仏名門ENA廃校に思う「真の指導者」育成の至難 本来の目的である社会の不平等は解消されず

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1945年の終戦の年、ドゴール将軍によって創設されたENAの本来の目的は、血筋や上流階級が社会の上層部を占める社会の不平等さを解消するため、純粋に実力のある者が上級公務員になれるようにするためだった。

日本では学歴社会が批判されるが、ヨーロッパでは貴族やブルジョワが上流社会を独占し、一般庶民の入り込む余地がないため、学歴が従来の階級制を打破するものと考えられた。

ところが、一般庶民階級からENAにたどり着く学生は少なく、最近の調査でもENAの学生の親の多くが上級公務員または民間企業のトップや役員で占められ、労働者階級の出身者はほとんどいないことがわかった。つまり、本来の平等社会実現のため多様な階層からリーダーをうむことは実現していない。

例えば、ENA出身のマクロン大統領の父は神経学者、母は医師だ。マクロン氏も優秀な頭脳を持ち、親が教育の長期化に耐えうる財力を持っていた。フランスでは親が高等教育を受けていない労働者階級の場合、子どもに高等教育を受けさせたいと思う親は多くない。

グランゼコールは通常、高校卒業資格試験(バカロレア)取得後、2年間予備校に通うか、2年間大学に通った後に進学する。大学とは別に設けられた専門性を持ったリーダー養成のためのグランゼコールでは実践力を養うために公務員系学校では公官庁や自治体で研修実践を積み、ビジネス系や理工系学校では企業研修をさせられる。

私が教鞭をとっていたビジネス系グランゼコールでは、研修先に海外の企業を選ぶ例もあり、それなりに資金が必要になるのだが、学業が忙しいため、バイトはあまりできない。たいていの学生は車を所有し、裕福な家の子が多い。ヴァカンスでも子どものときから海外で過ごしてきた学生も少なくない。

ENAはグランゼコールの中でも入学が難しい政治学院(通称、シアンスポ)の卒業生が、さらに進学する大学院大学だ。私の教え子の中にはビジネス系グランゼコールが自分に合わず、シアンスポを受験したが、落ちた学生もいる。シアンスポの受験勉強で自殺者もいるほど勉強はハードだ。

ENAに集まるのはえりすぐりの頭脳の持ち主

難関を突破し、毎年ENAが受け入れるのは100人に満たないえりすぐりの頭脳の持ち主たちだ。卒業時トップだと会計検査院に入り、官僚から政治家の道が開ける。

1980年代、ミッテラン政権でナポレオン1世以来の最年少の37歳で首相になったファビウス氏もその1人で、ENAのトップ卒業者だった。

日本と違い、グランゼコールの多くは指導者教育に特化しており、私の知人だったシアンスポの故エスマン教授は、明治維新期の勝海舟や坂本龍馬など日本の近代化に貢献した指導者像を講義していた。帝王学を学び、徹底したリーダー教育を受ける。

興味深いのはENAやグランゼコールでは、愛国教育がされていることだ。国を背負うリーダーは愛国者でなければならないということだろう。彼らにフランスの悪口を言うと猛然と反論してくる。彼ら彼女らはリーダーシップや人のマネジメントを学び、意志決定者の役割と責任意識を徹底的に叩きこまれる。

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