鉄道脱線事故から見えた台湾社会の「安全意識」 現地で暮らして感じる「リスク感覚」の違い

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このほかに、「リスク管理の概念の欠如」を指摘する声も聞かれる。

消費者基金会交通委員会の李克聡招集人は「いかなる施工契約であれ、リスク管理の概念が盛り込まれなければならない。今回の事故では傾斜地に防護措置が講じられておらず、これは台湾鉄道と施工業者の双方にリスク予防の観念が欠如していたことを示している」と指摘する。

施工現場で防護措置を講じるにあたっては、地形や環境、工事の特性などを評価することで、はじめて線路への落下物の発生防止に向けた措置を検討することが可能になる。李氏は「契約の中で安全管理で必要とされる予算が十分かつ明確に編成されれば、グレーゾーンもなくなる。明確に明文規定することで、業者が講じるべき措置もはっきりとする」と強調する。

『聯合報』によると、台湾鉄道管理局の杜微副局長は、契約のなかでは施工現場外側に囲いを設け、現場の出入りに対する管制の規定も定められており、業者も契約項目を履行できていたと述べている。その一方で、事故原因の車両が停車していたとされる傾斜面に対する明文規定はなかったが、安全防護を講じるよう求めてはいた、と語っている。

業者が契約に違反していたか否か、責任や賠償の範囲などは、今後の運輸安全調査委員会の調査結果を待つことになるが、前述したいくつかの現象からもうかがえるように、台湾の施工現場における安全管理のあり方には、かなり問題があると言えよう。

台湾で暮らして感じる「安全感覚の違い」

日常、台湾で暮らしていて感じるのが、施工現場や道路交通など、さまざまな領域の安全に対する感覚の違いだ。日々の小さな注意が積み重なることによって、はじめて安全が担保されるということに対する自覚の低さを感じることも珍しくない。

たとえば、道路上では信じられないほど老朽化した車両が普通に走行していたり、工事車両が誘導なしで施工現場に出入りしている情景を見かけることがときどきある。一度は、踏切上でエンストを起こし立ち往生する老朽車両の後ろに、車間距離もとらずに車両が数珠つなぎになった現場に居合わせ、冷や汗をかく思いをしたこともある。幸い、衝突事故には発展せず、ニュースにもならなかったが、台湾の人々の良く言えば「おおらかさ」、悪く言えば「緩さ」を改めて感じさせられた一件だった。

今般の事故に話を戻せば、蔡英文政権は台湾鉄道の改革に向けた決意を表明した。しかし蔡政権は、2018年10月の「普悠瑪(プユマ)号」脱線事故に際しても「上限なき改革」を強調した経緯もあり、改革の実効性に懐疑的な声も少なくない。

最後に、台湾社会に暮らす一員として、多くの人々が犠牲となった今回の痛ましい事故が、巨大組織・台湾鉄道の改革に止まらず、台湾社会全体の安全に対する意識のあり方を見つめ直す機会となるよう願っている。

本田 善彦 ジャーナリスト

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ほんだ・よしひこ / Yoshihiko Honda

1966年神戸市生まれ。ジャーナリスト。91年より台北市在住。中国広播公司(BCC中国ラジオ放送社)の国際放送「自由中国之声」記者兼アナウンサーなどを経てフリーに。

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